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第18回(後編)
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 善行は大きくため息をつくと、若宮の名を呼んだ。
「なんでしょうか?」
「すみませんが、ひとっ走り行って整備班を呼んできてください。戦車を回収します」
 善行は地面に腰を下ろしながら言った。
「はっ!」
 敬礼する若宮。

 善行は傍らの来須を向いた。
「来須くんは、04の護衛を」
「分かった」

 来須の足元を兎が旅していったが、来須は無視した。
きびすを返す。
 見ればあちこちの屋根やら塀に猫がおり、来須は帽子を被りなおした。それ以外にやりようがなかった。

「それと、アレはどうしますか。先ほどから新しい命令を尋ねてきていますが」
 中村は士魂号複座型を指差して言った。04と書かれた機体は膝をつき、新たな命令を待っている。

 善行は眼鏡をはずした。
「僚機の回収に使って、この機体まで壊したくはないですね。瀬戸口君。機体状況は?」
「オールグリーンです。不調はありません」
 遠くでモニターを見つめる瀬戸口が、硬い声で答える。
「なるほど。04自身はなんと言っていますか?」
 眼鏡をかけて善行は言った。

 中村は無線機を見る。音声だけでなく、地図や図形もやり取りできるものであった。
「04は敵砲兵のない今のチャンスを逃さず、反復攻撃戦闘の継続を要請しています。本機のみで味方部隊の指揮下に入り、臨時戦闘団を組織して 戦闘を継続する道があると」
 善行は苦笑いした。人型戦車から反逆されるとは、流石に思っていなかった。いや、指揮官失格と怒られたのだろうか。ちょっと考えて、口を開く。
「やれやれ、芝村さんみたいなことを言う戦車ですね。いや、芝村さんも一部か。ふむ……分かりました。許可します。ただし、 脚部のダメージ蓄積が20%を超えた時点で後退することを条件付けします」
「士魂号より返信。了解した 0129」

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 その時、様々な種類の鳥達が一斉に飛び立った。
見たこともないような、それは光景だった。

 白鷺と雁と燕が見事な隊列を組み、戦闘を続行せんと歩き出した士魂号複座型の頭上を回り始めたのである。

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「04から通信。暗号文です」
 中村は士魂号からの無線表示を見ながら目を丸くした。そして上を見た。

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−this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System−

味方機からの航空偵察情報を入手。機動開始。0130
これより味方歩兵部隊と合流して臨時戦闘団を組織開始。0131
臨時戦闘団名:光の軍勢。0132
臨時戦闘団指揮官名:ブータニアス・ヌマ・ブフリコラ。0133
指揮官命令によりこれより無線封止。以上通信終わり。0134

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・ OVERS・OVERS


 空には鳥しか飛んでいなかった。中村は空軍さんがどこにいるのかといぶかしんだ。

 報告を聞いた善行もいぶかしんでいた。眉をひそめる。
「ブータニアス? 知りませんね。そんな旅団長は。04に問い合わせてください。それと、軍規から考えて臨時戦闘団名はブータニアス支隊に なるのではないか、と」
「無理です。04は無線封鎖しました。まあ、あれは人間と違って機械なんで、間違いはないと思いますが。近くに韓国軍部隊か外人部隊が いるんじゃないでしょうか」

 善行は首をひねった。
「高級指揮官クラスに外国人を置くほど、我が軍が開明的だとは思えないのですが」

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 時は、少し戻る。
 移動を開始した士魂号は彼我不明の所属不明団を知覚すると、設定されたプログラム通り接敵を行った。
 交戦規則通りIFF信号を送り、所属を問う無線信号を送り、該当機は無線が故障していると判断、手信号で確認する。士魂号は自動で敬礼した。

 士魂号の足元を、鮮やかに隊列を組んで歩く猫達は一斉に答礼を送った。頭上を飛ぶ鳥達が一斉に味方であることを示すバンクを振った。
 士魂号は所属不明を味方機に登録。士魂号のウエポンシステムの一部に組み込まれた速水の言語翻訳プログラムを通じて神々と音声通信でやりとりを開始。 臨時戦闘団を組織して、歩調を猫にあわせて進軍を再開する。

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 ブータは挨拶を返した後、コンシダー・ステリにならって目をつぶった。神々もそれにならう。再び戦うことを決めた今、目をつぶれば、 神々は遠い昔に死んだシオネ・アラダと再会することができた。

 宙を飛ぶシオネ・アラダが、頬を膨らませて怒っている。
 シオネ・アラダが傷ついた白犬を抱いて、泣いて怒っている。
 目をつぶるブータは、その背にシオネ・アラダの気配を感じた。戦いの前には、神々は競ってシオネの前に立ち、無謀な彼女が 前線に出ようとするのをいさめたのだ。その時の表情は、振り向かなくても分かる。
 彼女の声が聞こえた。それはいつもの通り、ぶんなぐりなさい、神々よ。であった。

 ブータは微笑んだ。過去が老猫に微笑みかけ、勇気を与えたのだった。

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 長い長い神話、幻獣との戦いにおいて、久方ぶりに厚い雲が割れて太陽の光がその姿を見せた。太陽そのものは見えなかったけれど、 薄い光の帯が光の軍勢を照らしたのである。
 天を行く燕が口を開いた。
「見ろ、黄泉の国でシオネが見ているぞ。死んでなお我らをこきつかおうとしておるわ」
 神々はめいめい勝手なことをシオネに言うと、武楽器を振りかざし、黄金の太陽に刃をきらめかせた。

 士魂号複座型突撃仕様が、日にさらされる。

 同時に、目を見張るほど鮮やかな赤の短衣に身を包んだ黄金猫が日にさらされた。
 士魂号とブータが同時に顔を上げる。

 身長差9m。目線は同じである。前面に広がる幻獣の群れ、群れ。赤い瞳。
 対峙するブータは瞳を開いた。闇がくらければくらいほど、それは青く青く輝いていた。
ブータの背後に猫神族が整然と整列した。前脚を組む。青い輝きが一斉に広がる。

 神々は目を開き、永劫の闇を抜けて、今再び、あしきゆめと対峙した。その数は哀れなほど少なかったけれど、善き神々が 戻ってきたのは確かであった。

 副王の一人、黒猫のハンニバルが堂々と口を開いた。
「あしきゆめは、もう戦争に勝った気のようだな。親父殿」

 猫神族の王、ブータはにこやかに笑った。毛がふかふかで目が大きい、立派な立派な戦神だった。首輪から小鈴のような剣鈴を取り出し、 頭上で回転させる。瞬く間に剣鈴が巨大化し、竜殺しの剣鈴となってブータの足元に突き立てられた。
「では戦の厳しさを教育してやるとしようではないか。息子達よ。同胞よ! 第一撃! バッツ!」
「武楽器を揃え! 突撃用意! あの小娘のうそっぱちの古き盟約が正真正銘本物であったことを!」

 ブータは息を吸い込んだ。
「示すのだ! 我らの血で! その涙で! 猫前へ! 猫前進!」
「鳥神族、猫神族へ続け!」
 燕が言った。
「戦友を助けろ」
 白犬が言った。

 士魂号が戦場へ歩むと同時に、神々が一斉に走り始めた。

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−this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System−

私は信じるそれ故に、だれともしていない約束を守るプログラム。


OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・ OVERS・OVERS

 士魂号複座型はゆるやかに歩き出すと、パイロット達を覚醒させた。
周囲の状況をパイロットに示すため、一斉に情報表示する。

20mm残弾0
92mm残弾0
ジャベリン1斉射分−準備よし
近接武装−準備よし

"私は前面の敵を排除することを要求する。"
 速水は士魂号の要請を読むと、前面に展開する幻獣を見ながら後席の舞に言った。
周囲に味方の姿はほとんどなく、これは単独で戦えということだろうかと速水はいぶかしんだ。

 たしかに自動戦闘する直前の士魂号は、(軍が人型戦車の反乱を恐れて)必ず"人間"を含む指揮系統を必要とし、独自判断で 戦闘することは禁止されているから、このケースは理に適っている。
 だが、どこか変だ。指揮官不在としてパイロットの手に戦闘開始の判断が渡るようなことは、現実の問題としてありえない。動物園の件は 例外の例外のはずである。

「この子はなにを考えているのかな?」
「見てのとおり。戦うことだ」
 舞の返事はそっけない。愛想のいい舞もいないだろうが。
 速水は疑問を忘れて微笑んだ。そっけない舞の声を聞いたことがうれしかった。
 そして何がどう起きようと、僕の太陽は今日も昇っていると確信した。太陽がそこにある限り、行く道はよもや迷いようもない。 太陽の昇る方が自分の行くところだ。
「そうか、じゃあこの子は勝ちたいんだ」
「そうだな。私も勝ちたい」
 速水は戦場のさなかで優しく笑みを浮かべた。どこまでいっても予測どおりの、何度聞いても好きな口調。
「なるほど、君がそう言うなら、僕もがんばる」
 ぽややんと愛称されるその男が、正真正銘掛け値なしにぽややんな男たりえたのは、その時である。 そのぽややんは神々が降り立つ戦場であっても、 レーダーが周囲に敵しかいないことを示しても、優しく超然とふるまうのだ。

 細いスリットをあけ、直接視界を得ながら、速水は幻獣の群れを見た。
いっぱいいるなと思う。

「だが、そこまでだ」
 そして速水は、士魂号の中でつぶやいた。負ける気はまったくしなかった。
 どう勝つか見当もつかないが、連日連夜整備した自分の戦車と、速水の太陽が示した判断が間違いだとは、微塵も感じなかった。 その程度には付き合っているという自負があった。何もかも嘘をつく男の、たった一つの真実がそれだった。

 速水の長いまつげがゆれる。正真正銘の青い瞳が輝きはじめる。
「だからそこまでだ。幻獣たち。退くなら今だ」

 士魂号が言葉に反応するように、感動的なほど自然な動作で超硬度大太刀を抜いた。
一分の隙もないほどに、最小の力加減での動きだった。

 刀の重さで鞘を走らせ、落ちる力で手首を返し、左手を貸して目の上の高さで構えた。
軸足を動かし右足を半歩下げる。頭の位置にあるレーダードームが、周囲を睥睨するようにゆっくりとゆれた。

 舞は白馬に乗った快進撃系のように堂々と言った。
「いくぞ、速水。下半身コントロールをまかせる」
「分かった」

 速水はゆるやかに、士魂号を敵陣の中に歩ませた。
 士魂号は戦闘の可否以外に人を必要としているのではないか。速水はそう考えたのだった。
人が必要な意味を考え、速水は高速戦闘を捨てた。自動戦闘する士魂号が苦手なきめの細かい操作を開始する。士魂号はスクリーンを起動させると共に、 攻撃範囲を示すいくつもの傘を広げ、速水に進む道を示した。

 ただ歩く、それだけで敵の攻撃が面白いように封殺されていく。死角から死角へと渡り歩き、そして士魂号は突撃を開始した。戦いの中へ。

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「そこまでだ。幻獣たち。退くなら今だ」
 士魂号複座型は外部拡声器のスイッチを自動でONにすると、速水の声を戦場に流した。
そして太刀一本で、大軍相手に戦闘を開始した。

 その光景はあまりにも非現実的で、付近で戦っていた歩兵達はその光景を眼前にして、自分が神話の世界に足を踏み入れたと錯覚した。 前足を組んだ猫どもが、共に進軍するような錯覚である。実際猫が見えたと後に証言するものも居た。

 近代戦の何もかもを否定するように、士魂号複座型は甲高い呼吸音をあげた。
それは一本の太刀による戦場の蹂躙であった。

「強い、圧倒的に強い。なんだあれは、なんだあれは!?」

 多くの歩兵にとって、士魂号複座型は、はじめて見る機体だった。
見れば失笑するような不恰好さながら、動き始めれば人を感動させ、あれだけてこずった敵陣をいとも簡単に切り崩し、粉砕して戦場の中心として 一心に火力を集めはじめる。
 跳躍。また跳躍。幻獣の頭上を飛び越え、翼が生えたそのように士魂号は飛んだ。移動するたびに太刀が振るわれる。ばらばらに肉片が、 死が振りまかれる。

 歩兵達は士魂号を見上げ、そして震えた。
はじめて自分が幻獣側でなくて良かったと思ったのだった。
この巨人を相手にするぐらいなら、歩兵の方がまだましだと思った。

 粉砕する。殲滅する。突撃する。蹂躙する。
 踏み潰す。突き殺す。切り倒す。

 地上の理不尽のその全部を、ただ暴力のみで体現するとするならば、それは丁度こんな形になろう。
それこそが戦場に現れた士魂号の姿であった。

 キメラの頭を一撃で切り落とし、返す刀でさらに一匹をばらばらにし、ゆらりと動きながら相手の死角へ入り続ける。呼吸するよりも簡単に、 おびただしい死を量産しはじめる。

「伝説の巨人だ」
「伝説の巨人だ。俺たちあわれな歩兵を守護する、天が遣わした伝説の巨人だ」
「我が軍は新型兵器の開発に成功したんだ」

 歩兵達は士気を取り戻した。中にはあのまがまがしいものへ万歳する者もいた。
 戦車というものは、ただ戦場にあるだけで兵の士気を盛り上げる。
それはどんな宗教よりも古かろう、装甲に対する信仰である。

 ただ装甲が厚いというそれだけで、人はとりあえず戦争に勝った気になるのだった。
それがどれだけ否定されても、その思想は永遠に消えない。それは永久不滅の武への信仰である。

 史上、何度も繰り返されたその場面を、士魂号複座型は再現し、取り戻して見せた。
まずは歩兵の信仰とともに。