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 その士魂号の下で、あるいは士魂号につかまって跳躍を共にしながら、巨大な40mm高射機関砲を担いだ一人の兵士が、撃って撃って 撃ちまくっていた。

 来須である。

 来須は帽子を被りなおすと、一人黙々と、善行の命令を守り、己の誇りを守り、舞への思いと、そして速水への敬意を守るために 戦っていたのである。
 分かりやすく表現すれば、周囲の状況あれこれを無視して、自分のやることをやっていたのだった。

 歩兵部隊の各小隊長達は巨人の戦いぶりに見とれたが、次に巨人の足元で歩兵の本分を完遂する来須の戦いを見て我に返り、めいめい部下に 命令を下しはじめた。

「巨人の後に続け! 戦友を助けろ。我々は勝つぞ!」

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 来須の隣で、ストライダー兎は前足を伸ばすと、拳銃の引き鉄を引き、ゴブリンの一匹の脳天を叩き割った。
 来須と目が合う。

 ストライダー兎が少し頭を下げると、来須は頭を振って帽子を被りなおした。悪い夢だと思った。
今日は、悪い夢ばかりを見る。

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 その戦いで神話の中に踏み込んだ者も、それなりにいた。
 味方からはぐれ、道端で震えていた倉木小輔という少年兵がヒトウバンに食い殺されるところを、一匹の猫に救われたのが、その一例である。

 腰の抜けた倉木の前で、身の丈よりもはるかに巨大な剣鈴をぶん回し、空中戦でヒトウバンを叩き落した赤い短衣を着た猫ブータが着地し、 また目の前を飛んでいく。
 その後を長靴を履いた猫やイギリス鼠を頭に乗せたトムやらが続いて着地し、青い軌跡を残してそれぞれの武楽器を手に飛んでいく。

 倉木小輔はあわてて無線機を取り出し、必死に上官に報告しようとした。
倉木は言った。
「猫が」
「はぁ?」
 上官の声は激戦の中で聞こえにくい。
「戦場に猫がいます」

 倉木は愚かな部下に対する呪いの言葉をきいた後、上官の言葉を聞いた。
「戦場に巨人が出てくるご時世だぞ、それぐらいで無線つかうな」
 無線は切れた。

 倉木が泣きそうに顔をあげると、無線通信が終わるまで倉木を守っていた黒猫が一匹、にやりと笑い、腰の抜けた倉木を置いて また戦場に戻っていった。

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 赤い短衣が風に揺れた。着地すれば青い波紋が広がる。そしてその戦神は飛んだ。青い軌跡を残し、ビルの壁を蹴り上げ、さらに高く、 老猫は魔法の歌を編み上げると、空中を迎撃するキメラのレーザーを片前脚でかわし、着地と同時に竜殺しの剣鈴で一刀両断にした。
 赤い短衣は戦場に映え、今となっては鎧よりも剣よりも、赤いマントを選んで贈った友が正しかったように思えた。ブータは微笑んだ。 そなたの借金が最後に残したものは、これだったな。

 その紅は旗印。神々が本来居るべき場所に帰ったことを天上天下に誇らしく轟かせる確かな証であった。

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 その戦いで本格的に神話の中に踏み込んだ者も、少数ではあるが、いた。
 味方からはぐれ、自分はおかしくなったと頭を抱えていた倉木小輔という少年兵がヒトウバンに食い殺されるところを、一匹の犬に救われたのが、 その代表例である。

 腰の抜けた倉木の前で、雷の球をぶんまわし、空中戦でヒトウバンを叩き落した、頭の上に小さな蜘蛛を乗せた白犬が、心配そうに 倉木を覗き込んだ。

 倉木小輔は呆然と無線機を取り出し、淡々と上官に報告しようとした。
倉木は言った。
「犬が」
「はぁ?」
「戦場に犬がいます」

 倉木はひどい呪詛の言葉をきいた後、上官の命令を聞いた。
「……いいから戦って死ね」
 無線は切れた。

 白犬は気の毒そうに尻尾を振ると、明瞭な日本語で言った。
「よくある話だ。友達よ」

 そして犬は、戦場へ戻った。
 倉木はあわてて銃を握りなおすと、犬の後を追った。
その時ばかりは、人間の士官よりも、犬の戦友の方が信用できると思ったのだった。

 倉木は言った。
「僕の名前は倉木小輔。君の名は?」
「お前達の最初の友達だ。……忘れているかも知れないが。他に質問は?」
「いや、とりあえずはそれだけでいい」
 倉木は鉄帽を被りなおしながらまじめくさっていった。
白犬は笑ってみせた。

「では戦おう。俺達はまた、うまくやれるはずだ」

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 戦場においても一際騒がしい声がする。

「どけどけどけどけ! 援軍到着だ!」
 たった一人で田代香織はそう言い放つと、拳を振りかぶって一匹のゴブリンリーダーを吹き飛ばした。 本質的に頭が悪いこの人物は、 武器も持たずに走って戦場に現れたのであった。派手な色の長いスカートなんぞはいておしゃれなどしている。

「速水ぃ! 俺は助けに来たぞ!」

 動物園からこちら参戦を続ける猿神族が、その足元で煙草を吸いながら言った。
「神の拳か。ジョニーは約束を守ったな」
「奴は昔からそうだったよ。遅刻もな」
 相方のヤギが言った。

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 移動するトラックの中で、一人の少女が不意に顔をあげた。
ヨーコがどうしマシタでスか? とたずねる。

「エステルヴァラオームイスラボート」

 ののみはつぶやいた。

「エステルヴァラオームイスラボート」

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「エステルヴァラオームイスラボート」
「エステルヴァラオームイスラボート!」
「エステルヴァラオームイスラボート!!」

 神々の合言葉が戦場に届いた。種族の違う神々が互いを呼び合う。
 戦場に遅れて到着した小神族の一柱にして農耕の女神であるミトリは、白猫の背に乗り、道すがら親切な親父にもらったアップルパイを食べながら、 口を開いた。
「絶望する心よ。ねたみそねむあしきゆめよ。残念だった。汝らを打ち据える宝剣の使徒は、今日から新装開店だ」

 堂々たる口上を述べるとミトリは甘いものがついた指をなめた。
それを合図に小神達は一斉に青いマントを翻して切り離し、武楽器を抜いて戦場に突入する。

 その様子を見た猫神の一柱が声をあげた。
「スキピオ隊到着! 別府と阿蘇の小神族もいます!」
「バカ息子め」
 傍らにいたブータが頬を緩めた。
「ワシならもっと早いぞ。……だがよくやった」

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 神々の援護を受け、士魂号はおびただしい武勲を叩き出していた。否、今もなお伸ばしていた。戦場のどこにあっても、見上げればそこに 呼吸するように敵に死を振りまく巨人が居た。
 それは04などという兵器番号を遠くに投げ捨て、神話と伝説の中の存在として呼吸を始めていたのだった。

 太刀を片手に士魂号が手を振る。舞うように。

 神々はそれを見上げ、一斉に声をあげた。
「コンシダー・ステリが手信号を送っている、絶技戦用意!」
「おお!」
 神々は武楽器を鳴らした。コンシダー・ステリもまた、神々と共に本来あるべき場所に帰ってきたのだとそう確信した。

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 神々は一斉に魔法の歌を歌いだした。一糸乱れぬ統制で陣形変換を開始する。

 白犬が歌った。
−それは悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほど、燦然と輝く一条の光−
−それは夜が深ければ深いほど、闇が濃ければ濃いほど、天を見上げよと言うときの声−

 陣を傾斜させ、幻獣達の側面を駆け抜けた。円を描くように動き始める。

 ストライダー兎が歌った。
−それは光の姫君なり ただ一人からなる世界の守り−

 猫神族が歌った。
−世の姫君が百万あれど、恥を知るものただ一人。世に捨てられし稀代の嘘つき−
−嘘はつかれた。世界はきっと良くなると。それこそ世界の守りなり−

 神々は声をあげた。
−善き神々は恋をした。嘘を真にせんとした−

 士魂号の中で舞はヘッドマウントディスプレイを下ろしながら歌を歌った。
−我は世界の守りの守り、守りの守りの守り 守りの守りの守りの守り 守りはここに、この中に−

 猫達と舞は同時に我が胸を叩いた。
−かの姫君、踊る者、黒き暴風の歌い手を従え、闇を相手に闘争を始めたり−

 幻獣が瞬く間に集まり始める。

 ブータは独唱した。
−それはどれだけ離れていても、光り輝く黄金のすばる−
−それは我らが得たる最後の絶技よ−

−星の輝きを我が胸に。貴方を想う喜びを−
−絶望の海への航海も、今なら怖れずできるだろう−

 ミトリが歌った。
−それは最弱にして最強の、ただ一つからなる世界の守り。それは万古の盟約にして、人が決めたるただ一つの自然法則。それは勇気の妻にして、 嵐を総べる一人の娘−

 倉木は己が何を歌っているのか、分からなかった。
−それは光の姫君なり ただ一人からなる正義の砦−

 今や数百ではすまない幻獣が、螺旋の紋を描いて中心に立つ士魂号に突撃を開始した。
鳥神族が歌った。
−世の軍勢が百万あれど、難攻不落はただ一つ。世に捨てられし可憐な嘘つき−
−嘘はつかれた。世界はきっと良くなると。それこそ正義の砦なり−

 神々は声をあげた。
−善き神々は定めを裏切り、嘘を真にせんとした−

 速水は螺旋状に機体を遷移させていた。踊るように舞うように、螺旋の中核へ敵を招待する。スリットから覗かれるその目の輝きは、 士魂号の胸に青い宝石が瞬いたように見えた。

 今だ。舞は心の中でつぶやいて引き鉄を引いた。
 両手を組んで背をはねあげた士魂号の後部胴体から、おびただしい数のマイクロミサイルが発射される。全方位に白い軌跡を残し、 全弾が幻獣に着弾して大爆発する。

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 爆発の中で士魂号のガンカメラは戦果をメモリーに記載した。
142機撃墜確実、不確実241。

 後に非現実的だと善行が戦果を10分の1に切り捨ててなお、初陣としてはもちろんのこと、単独の戦車があげた戦果としては 空前絶後の戦果である。

 それが戦場を駆ける青の神話と伝説のはじまりであった。

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−物語的補項−

 1時間後。
 神話から付き合いのいい白犬と歩いて戻ってきた倉木小輔は、部隊の悪友達に見つかってもみくちゃにされた。

「みんな心配したぞ、お前が戦死したかと」
「弱虫なんだから、俺達から離れるんじゃねえよ」

 倉木はひさしぶりに聞く人間の声に戸惑ったが、次に我に返り、必死にもみくちゃから逃れて友達を探した。

 白犬は背を向けて、もう歩き出していた。頭に載った小さな蜘蛛が、名残惜しげに脚を揺らしていた。

「背筋伸ばセェ! 戦友にぃ」
 倉木は発作的にそう言うと背筋を伸ばした。
「敬礼!」

 そして去っていく戦友に敬礼した。未熟なこの少年は、それ以外の礼儀を教わってなかったのだった。
周囲の友人が小突いても何か話しかけても、倉木は敬礼をやめなかった。



<18回 了>