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/*/ テントの上に神々が鈴なり。 この物語は、それがはじまり。 /*/ その日、岩田裕は休日だった。 整備をするにも整備する機体がない。誰かを笑わせようにも、人もいない。 整備テントの上に座り、意識の集中をやめる。 誰も居ないテントの屋上であるならば、誰かを殺そうと勝手に動く腕を抑えることも、その首をへし折ろうとする足を絡めて耐えることも必要ない。 本来の岩田にとって、休日とは周囲の殺戮が終わった後の、また殺す目標が出来るまでの幾許かであり、積極的に殺すのをやめてからは、
真に休んだことはなかった。 集中が途切れれば、岩田は身体に刷り込まれた通り、全てを殺し始める。 身体はメスを自動回避。脚が動き、空中のメスを蹴る。蹴ったメスを左手に握り、また投げる。 スバラシィ、スバラシィィィィ! 岩田は落ちてくるメスを両の手の指で挟み持つと、にやにや笑って見せた。 その隣に、子供が現れる。 小さな頃の自分は、今の岩田と同じように体育座りをし、そして悲しそうに膝の上に顎を置いた。今の岩田を見る。蔑むように。 昔の自分にメスを振るう。まずは逃げられないように脚の腱を切断する。 岩田は笑った。 昔の自分の悲しそうなまなざし。未来の自分が悲しいのか。 小さな頃の自分は後ろを振りむくと、何も言わずに消え失せた。 ひどく苦労して屋上によじ登る、ピンク髪の娘がいた。 身体に叩き込まれた効率よく人を殺すための本能が無意識にメスを投げようとするのをかろうじて抑え、岩田は立ち上がった。 休日終わり。岩田は脚がピンク髪の頭を蹴り上げようとするのを耐える。 「なんや、踊りの練習かいな?」 「フフフ、そうです!」 「あー、もーストッキングデンセンしてるし、破れてるし」 「いや、中々の脚だと思いますが」 「そう、品種で言うなら、桜島、いや聖護院」 目を逸らす加藤。急に自分の脚を隠し始める。キュロットスカートという格好からして無駄な行為であったが、見られていると意識すると、 恥ずかしくて仕方がない。 岩田は加藤の首筋に蹴りを入れようとして、手で押さえた。 「なんで踊るん?」 そして思いとは全然違うことを言った。 「はぁ。なんでそんなにギャグ好きかなー」 どこかがっかりした感じの加藤に、岩田は真顔になった。 「貴方の髪と同じですよ」 加藤は反射的に岩田を見た。岩田は、笑っていない。 「世界を明るくしたい。せめて、周囲だけでも、自分の心の中でも、その一部でも」 昔の自分に言い聞かせるように、今の岩田は、優しく言った。 岩田はメスを投げそうになる手を押さえ、回転した。 「そして全ては一撃に。ただ最後の一撃のために。卑小なる僕が運命に勝てるとしたら、それはただ一瞬。それが僕の一生の、全部の勝機」 そして自分に言い聞かせるように言った。 「なんや、今度はお芝居かいな」 岩田は見る。加藤の後ろに、善き神々を背に、暴風の王を左に置いた凛々しい娘が、このよのあしきゆめのことごとく、 邪悪なたくらみのことごとくの前に現れる様を。 「そのもの、悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほどに、燦然と輝く一条の光」 岩田は微笑んだ。そして強靭な精神力で、何もかも黒く塗りつぶす思いを、完全に押さえ込んだ。 「そう、お芝居です。私の全部を賭けた、たった一度の」
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