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第19回(前編) 死神の失業者
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一方その頃。至高墓所と呼ばれる、闇の中。
水盆に映し出された士魂号複座型のすさまじい戦いを見ながら、大姉はうっとりと言った。
「あの娘はすごいわ。さすが、死の姉妹の末姫だけはある。あんな出来損ないの戦車で、この殺しはすばらしい」
その様を見る三つ編みの姉妹、踏子は、典雅ではないと思いつつ、冷ややかな声で言った。
「あの娘はミソッカスなのではなくて?」
「愚かな男達の言うことを信じるでないよ。あのお父様が一番かわいがっていたのは、あの娘なのよ」
大姉はたしなめるように言った後、瞑想するように言った。
「そう、あの娘には隠された力がある。私達が想像もしないような殺しの技を、お父様から教えられているのよ。私達はあの娘を作り上げるための
テストベッドかも知れないわ」
「まさか」別の姉妹。
「お父様の仕事熱心さ、知っているでしょう? 戦闘用のクローン技術以外には、目もくれなかった。そう、あの人は本質的に殺すのと壊すのが好きなのよ。
あの娘は、舞は、その最後の作品。あの娘は七星への忠誠すら持ち合わせない、真正の破壊者よ。きっとお父様が、何もかも終わらせるために
作ったに違いないわ」
それがひどく楽しいことであるかのように、大姉は言った。
「あの娘の身体が弱いのは、リミッターなのよ。きっとそうよ。あれの身体を入れ替えれば、本来の力を発揮できるはずよ。あぁ、どんな死を
撒き散らすのかしら。見て見たい。見て見たいわ。踏子。はやくあの娘の脳を取り戻してきて。男なんかに渡しては駄目よ。あれなら、裕も殺せるわ」
大姉に名指しされた踏子は、謡子から連絡があって準備は出来たそうだから、今日にでも行くわといった。続けて口を開く。
「もっとも、男どもも刺客を放っているようよ。それと、舞が最後の作品だということが本当だとして、嫉妬深い神楽姉様は、なんというかしら」
「あぁ、かわいそうな神楽。でも大丈夫。神楽は今、十分に殺しを楽しんでいるわ。だから少しの間は、静かなはずよ。……この間、ミュンヒハウゼンが
解雇した子達でしょ? あれの処理を任せたの。一人だけ、処理する前に焼け死んだのがいたけれど、残りはみんな、いい死に方をしたわ。
映像あるけど、見る?」
踏子が静かに席を辞すのと同時に、別の姉妹が、面白くなさそうに言った。
「遠慮しておくわ。神楽姉様の殺しは、面白くない。だって全部顔を潰しているんですもの」
「貴方は内臓を襟巻きにするのが好きだったわね」
「ええ。あれが一番。愛に包まれている気がするわ」
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舞台は、戻る。
普段は神々が会合に使う整備テントの屋上に隣り合って座る、岩田と加藤。
加藤ははるか下の地面を見て、地面が見えないように移動した。実際のところ、高いところはかなり苦手なのだった。
図らずも岩田にくっついてしまう。加藤離れる。下を見る。また戻る。
岩田は上を見ると、首をがくがくさせた。
「ミスマーッチ」
「なんやそれ」
加藤は、この頃岩田のギャグが嫌いだった。なんというか、こう、格好よくして欲しいような気がする。勢いギャグに対する反応も、
冷たくなりがちである。
岩田は不意に真顔になった。
「すなわち似合ってないのです」
加藤はムッとした。
「まあ、うちみたいなかわいい娘と、あんたみたいな変なのだけが取り柄の人間じゃ確かに似合わんわ。感謝しぃや」
言い返す。
岩田は加藤の言葉を心地よく聞いたのか、岩田は口を開いた。
「ノンノンノン。ここは神格が低いと来れないのです! 私でも時々押し出されて落ちる時があるのですよ! イィ! 落ちていく感覚イィ!」
落ちると聞いて加藤は岩田につかまった。正確には、腕にしがみついた。
腕にしがみつかれて、岩田は神楽を思い出す。思い出しながら、別のことを言った。
「フフフ、しかしなぜ貴方はこんなところに来たのでしょう」
「あ、そうだ。あんたに荷物がとどいていたんよ。出張鳥? とかなんとか。どこかアンタに似た、変な人だったわ。言葉よう通じんし」
岩田は加藤から、包みを受け取った。
どんな世界も渡ることが出来る、紙製の包みだった。
大事そうに抱きしめる岩田。
「今となっては同じ組織ですしね」
「なんや、あの人も軍人だったんかいな」
岩田は少しだけ微笑んだ。
その笑顔があまりに透き通っていて、加藤はひるんだ。
この男は世界の何もかもを嘲笑う一方で、誰よりも純真ではないのかと、刹那だけ、そう思ったのだった。
「それ、何?」
耳まで赤くして、加藤はたずねた。
「第2クールが始まったので新コスチュームです」
「だからなんやねん」
岩田は紙包みを破ると、中身を見せた。
バリバリにノリの効いたYシャツと目の醒めるような黄色いジャンパーだった。
「なんや、バーゲン品かいな」
加藤が言うとおり、それは安物だった。安いのだけが取り柄の、どこにでもあるもの。
岩田は加藤の残念そうな言葉に、静かに反論した。
「人が大事にしているものを、他人がどうやって見分けるのですか。物を見ても永遠に分らないでしょう。大事なものを見分けるのであれば、
それを扱っている人を見なさい。たとえガラス球でも、オーマシンボルになるときはある、ダイヤモンドを贈っても意味のない相手もいる」
加藤は岩田を見返した。下向く。
「……ごめん。それがアンタの、大事なものなんやね」
「これがあれば、僕は自分とも戦える。絶望の海を越えて、悲しみの山脈を渡り、涙で出来た鎖を引きずり、血の大河を渡ることも出来る」
加藤は顔を上げて岩田を押した。
「もー。またお芝居かいな。うち、真面目に答えたんやで」
岩田は、口だけを優しくほころばせた。
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一方その頃。
車椅子の少年、狩谷夏樹は整備テントの下をうろうろしていた。
「加藤の奴、なにしてるんだ」
眼鏡を指で押し、取り、頭をかきむしり、狩谷は整備テントをまた見上げた。前に見上げた時から、30秒も立っていなかった。
「高いところ苦手なのに」
ひょっとしたら、裏側に落ちているかもしれない。
狩谷はそう思い立つと、車椅子を走らせた。
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「フフフ、ではコスチュームが揃ったので、足りないアイテムを探してきます」
岩田は立った。スキップしてテントの上を跳ねていく。キャンパス布がゆれ、加藤はへたり込んだ。
「まって!」
「どうしたんです」
ピアノ線にひっぱられるように振り向く岩田。
「手、手え貸して。降りれない」
岩田は背中を掻くための孫の手を渡した。
「フフフ、泣きそうな目で見ても、僕のギャグの火は消せません。我が巨人軍は! 永遠に不滅です!」
そして孫の手を引っ込めると、不承不承手を貸した。
「最初からそうすればええねん」
加藤は横を見ながら言った。
「最初から、下から声掛けてくれれば良かったんですよ」
岩田は上を見ながら言った。
「だって」
「だって?」
聞き返されて、黙りこむ加藤。
不意に顔を上げて、早口で言った。
「アンタ、そういう時だけ普通に受け答えするのはずるいんやで」
「普通の応答を期待してたように見えましたが」
加藤は人をリードするのは好きだったが、リードされるのは苦手というか、慣れていなかった。
自分は馬鹿にされていると思った。軟体動物のくせに。
加藤はムッとしたままポッケから請求書を取り出すと、サインペンを出してさらさら書き始めた。
岩田の顔先に突き出す。
****請求書****
基本料金 500円
特急料金 200円
サービス料金 300円
税金(Tax) 150円
合計 1150円
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「なんでしょう?」
岩田は踊りながら言った。
「ストッキング代と、うちの生脚見たサービス料金、それとうちが運んできた駄賃や」
「なるほど」
「これ以上なんか言うと、払ってもらうさかいな」
「ふふん!?」
岩田は悪巧みの表情。
してやったりの加藤。こっから先はうちのペースや。
「もっとも、うちも鬼やない。この間、変なところ罰金もろうたし、今回は……」
岩田はにっこり笑うと、1150円を加藤に渡した。
「金で解決するのは簡単でイィ!」
そしてくるりと回った。
腰を左右に振る。真面目な顔。
「でも私の心をそんなもので縛ろうなどとは思わないことです」
加藤の表情が変わる前に岩田は階段の手すりにのぼり、下へダイブした。
「なぜなら私は自由ぅぅぅ!」
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岩田は羽ばたくように手をばたばたさせた後、狩谷の前に着地した。
目を丸くする狩谷。
岩田は着地のポーズのまま、口を開いた。
「出迎えご苦労様です」
加藤が下を見下ろして、目を丸くした。
「なっちゃん!?」
「加藤……お前……」
加藤のストッキングが破れているのを見て、狩谷は絶句した。
はじめてこの部隊に来ようとした日を思い出し、岩田を見た。頭の中が真っ白になる
「お前は!」
狩谷が拳を握り締めて車椅子で近づこうとする前に、岩田は音もなく寄った。
至近距離から狩谷の額をメスで切り刻む……代わりに指で押した。
「フフフ、私はそんな趣味、ありません。なぜなら私は年増が嫌いと言うと殺されそうになるからです」
不意に岩田は顔を上げた。
「……はっ! 電波受信! 急がなければ!」
そう言って超高速スキップ。去っていく。
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