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 一方その頃。黒服を着た謡子は、一人部隊を離れ、整備テントの前に戻ってきていた。
 わずか一時間で足回りを故障させて停止した士魂号の回収のための応援を集めてくるという名目である。

 一機だけ健在の、あの忌々しい娘と、その崇拝者が乗る複座型は、単独で戻ることになっていた。
この時を狙って使命を、否、復讐をしようという考えだった。

 オロカな子。同じ捨てられた娘と思えばこそ、優しクしてあげたのニ。
 だがあの女が、あの男と同じことを言った時に、謡子はあの娘を殺そうと思った。殺さなければならないと思ったのだった。


 無人偵察機からの情報によれば、あと十分。踏子姉様も来る。

 謡子は目を細め、まずは目撃者になりそうな、部隊に居残る全員を殺害することにした。
 ののみを巻き込まないで良いことを、幸運だと思っていた。

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 一番の強敵は男たちの刺客である岩田だろう。後はどうにでもなる。
 謡子は仮面をつけ、鼓杖と呼ばれる一族を裁く錫杖を握ると整備テントに入り、岩田を殺害しようとした。
 勝率から考えれば、応援の踏子が来るまで待った方が良かったが、あの男には一度邪魔されたことがあった。謡子は、 自分の手で岩田の首をはねたかった。

 岩田はいない。

 幸運なのか、不運なのか。

 幸運と謡子は思うことにした。
 岩田も殺したいが、何より殺したいのはあの忌々しい娘、舞。
 男に嬲られることもなく、組織からも抜けて、自分は愛されていたなどという、憎い、憎いあの娘。自分ができないことを、なんでもやってしまう娘。

 発作的に高笑いし、謡子は泣きながら、とりあえず心を安らがせるために殺害する相手を探した。


 いた。

 それは一人、所在無げにたたずむピンク髪の女だった。

 狂おしいほど嬉しい気分。
 謡子は、襲いかかる。

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 顔を腫らし、色々考え事をしていた加藤が事態に気づいた時には、既に何もかも手遅れだった。

 目の前に、長い杖の先端がせまる。

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 準竜師は胸ポケットから靴下を出して振っていた。

「靴下を無視した……奴は、違うのか?」
 準竜師の声が音速に消える。

 岩田は飛んで回ると、10秒も必要とせずに整備テントに舞い戻り、盛大な土煙の中で晴れ晴れと笑ってバズーカを構えた。引き鉄を引いた。

 爆発。そして白煙が吹き荒れる。煙幕だった。岩田はバズーカを捨てた。重い音。転がる音。
岩田は素手で歩き出す。

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 謡子はロケットの飛翔音が聞こえた瞬間に、加藤への攻撃をあきらめて身を伏せた。自己保存を優先させる。それは正しい判断だったが、 相手はその行動をも計算に入れていた。

 加藤の耳に、歌声が聞こえてきた。なんのことか良くわからぬまま、目を大きく見開く加藤。

「……それは涙が出れば出るほどに、鍛え上げられる永遠の幻想」

 歌声が、近づいてくる。

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 沸き上がる煙幕の中で岩田は、手を広げながら謡子に向かって謡った。
「それは全能にして他人の痛みを感じる者を招聘せし、物言わぬシステム」

 顔に痣を残し、黒服仮面の謡子と対峙するイエロージャンパーの裕を呆然と見上げる加藤。

 裕はふと微笑むと、自分の隣に子供の頃の自分を知覚した。

 幼い裕は今の裕のように、何かを守るように手を伸ばした。
 夢の中の裕が、いままでずっと思うだけだった裕が、現実の裕の手に手を重ねた。
ついに現実と夢は一体になったのだった。

 二人の裕は、同時に口を開いた。

「そのもの、世界の危機に対応して登場する世界の最終防衛機構」

 そして拳を振りかぶった。
全速で繰り出される拳を、謡子は空中に飛んでバレルロールしながら避けて見せた。

「万能家令!!」
「いいや、未来の護り手さ。……どこにでもいる、どこの誰の上にも存在する、ありふれた」

 バレルロールの回転速度を長い脚で壁を蹴ることで減殺し、謡子は壁を蹴って空に飛んだ。長い錫杖を振る二度三度、地面に亀裂が出来上がる。

 頬を裂かれ、血を流しながら裕は微笑み、心の底から嬉しそうに謡った。

「それは必要とされるこの手元に、必要なときに必ず届く特売品」

 そして拳で頬に流れる血をぬぐうと、血を見せつけるようにファイティングポーズを取った。
そしてバルカラルの言葉に切り替えて凛々しく謡った。

「未来の護りはここに、我が心の中に。それは最初からあったのだ。……ただの一度も、欠けることなく」

 裕は口元を笑わせたまま、派手に地面を踏み鳴らした。
何千tもの重さが打ち付けられたような音が響く。

 岩田は幼い頃、誰もが一度は言いそうな口上と共に生きることにした。それは舞うように戦うしかない生き方だった。
「僕は完全なる青に(こいねが)う。それは、損得を抜いて成立する聖なる契約。 白鳥神族の我、青にして灰白の我は万古の契約の履行を要請する」

 謡子の繰り出す錫杖を拳で迎撃する裕。錫杖と拳を交差させ、裕は言った。

「我は王の悲しみを和らげるために鍛えられし一振の剣。ただの鳥より現れて、歌を教えられし一羽の白鳥!」

 長い髪を振り、裕は高らかに謡った。

「我は沸き上がる意志の力! 我は号する天空を(つんざ)く人の翼!」

 裕の右拳が握り締められた。
ただの拳が、何者にも勝る威力を秘めるように見えた。
 謡子の目の前に、拳を全力で振りかぶって回転する裕を包むように、純白の羽根達が舞い落ちる。

「我が一撃は空の一撃!」

 裕は輝く拳の残像を残して、羽根を広げる白鳥の姿を取った。高く跳ね上げられる脚。

「空を割るのは我が翼なり! 我は空に穴穿つ者なり!」

 そして雄々しい白鳥は優しく拳を顔に引き寄せた。拳に口付けする裕。

「勅命によりて、我は力の代行者として振り上げたる翼を使役する! 完成せよ! 弱者を守る万民の剣!」

「失われたオーマ……!」
「今はまだエセだが、いつかきっと」

 裕の拳は謡子をかすめた。
叩き折られる謡子の錫杖。指。謡子は後ろに飛びのき、更に飛びのいた。

「……覚えておきなさい」
「これからの僕に過去を振り向く趣味はない。ここから先は、未来のことだけを考える」

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 煙が、晴れる。

 岩田は謡子が撤退するのを見極めると、懐に入れた袋から、最後の鳥の羽を取り出してばらまいた。右腕の袖に仕込んだ小さな拳銃を戻す。 銃で錫杖を撃ち抜いたのだった。つまりはぺてんであった。

 岩田は加藤を一瞥すると、懐から綴りを取り出し、何事か書き込んで破りとった。
加藤に投げて寄越し、風を切って威風堂々背を向ける。煙がなくなるまでに、姿を消した。それが幻であるかのように。

 加藤は風に乗って飛んで来た紙を見た。それはただの請求書であった。


****請求書****
基本料金   0円
特急料金   0円
サービス料金 0円
税金(Tax)  0円

合計     0円
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 加藤は顔を真っ赤にして、威風堂々とした軟体動物の後ろ姿を見送ることになる。




<第19話 後編に続く>