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/*/ 一方その頃。黒服を着た謡子は、一人部隊を離れ、整備テントの前に戻ってきていた。 一機だけ健在の、あの忌々しい娘と、その崇拝者が乗る複座型は、単独で戻ることになっていた。 オロカな子。同じ捨てられた娘と思えばこそ、優しクしてあげたのニ。
謡子は目を細め、まずは目撃者になりそうな、部隊に居残る全員を殺害することにした。 /*/ 一番の強敵は男たちの刺客である岩田だろう。後はどうにでもなる。 岩田はいない。 幸運なのか、不運なのか。 幸運と謡子は思うことにした。 発作的に高笑いし、謡子は泣きながら、とりあえず心を安らがせるために殺害する相手を探した。
それは一人、所在無げにたたずむピンク髪の女だった。 狂おしいほど嬉しい気分。 /*/ 顔を腫らし、色々考え事をしていた加藤が事態に気づいた時には、既に何もかも手遅れだった。 目の前に、長い杖の先端がせまる。 /*/
「靴下を無視した……奴は、違うのか?」 岩田は飛んで回ると、10秒も必要とせずに整備テントに舞い戻り、盛大な土煙の中で晴れ晴れと笑ってバズーカを構えた。引き鉄を引いた。 爆発。そして白煙が吹き荒れる。煙幕だった。岩田はバズーカを捨てた。重い音。転がる音。 /*/ 謡子はロケットの飛翔音が聞こえた瞬間に、加藤への攻撃をあきらめて身を伏せた。自己保存を優先させる。それは正しい判断だったが、 相手はその行動をも計算に入れていた。 加藤の耳に、歌声が聞こえてきた。なんのことか良くわからぬまま、目を大きく見開く加藤。 「……それは涙が出れば出るほどに、鍛え上げられる永遠の幻想」 歌声が、近づいてくる。 /*/ 沸き上がる煙幕の中で岩田は、手を広げながら謡子に向かって謡った。 顔に痣を残し、黒服仮面の謡子と対峙するイエロージャンパーの裕を呆然と見上げる加藤。 裕はふと微笑むと、自分の隣に子供の頃の自分を知覚した。 幼い裕は今の裕のように、何かを守るように手を伸ばした。 二人の裕は、同時に口を開いた。 「そのもの、世界の危機に対応して登場する世界の最終防衛機構」 そして拳を振りかぶった。 「万能家令!!」 バレルロールの回転速度を長い脚で壁を蹴ることで減殺し、謡子は壁を蹴って空に飛んだ。長い錫杖を振る二度三度、地面に亀裂が出来上がる。 頬を裂かれ、血を流しながら裕は微笑み、心の底から嬉しそうに謡った。 「それは必要とされるこの手元に、必要なときに必ず届く特売品」 そして拳で頬に流れる血をぬぐうと、血を見せつけるようにファイティングポーズを取った。 「未来の護りはここに、我が心の中に。それは最初からあったのだ。……ただの一度も、欠けることなく」 裕は口元を笑わせたまま、派手に地面を踏み鳴らした。 岩田は幼い頃、誰もが一度は言いそうな口上と共に生きることにした。それは舞うように戦うしかない生き方だった。 謡子の繰り出す錫杖を拳で迎撃する裕。錫杖と拳を交差させ、裕は言った。 「我は王の悲しみを和らげるために鍛えられし一振の剣。ただの鳥より現れて、歌を教えられし一羽の白鳥!」 長い髪を振り、裕は高らかに謡った。 「我は沸き上がる意志の力! 我は号する天空を 裕の右拳が握り締められた。 「我が一撃は空の一撃!」 裕は輝く拳の残像を残して、羽根を広げる白鳥の姿を取った。高く跳ね上げられる脚。 「空を割るのは我が翼なり! 我は空に穴穿つ者なり!」 そして雄々しい白鳥は優しく拳を顔に引き寄せた。拳に口付けする裕。 「勅命によりて、我は力の代行者として振り上げたる翼を使役する! 完成せよ! 弱者を守る万民の剣!」 「失われたオーマ……!」 裕の拳は謡子をかすめた。 「……覚えておきなさい」 /*/ 煙が、晴れる。 岩田は謡子が撤退するのを見極めると、懐に入れた袋から、最後の鳥の羽を取り出してばらまいた。右腕の袖に仕込んだ小さな拳銃を戻す。 銃で錫杖を撃ち抜いたのだった。つまりはぺてんであった。 岩田は加藤を一瞥すると、懐から綴りを取り出し、何事か書き込んで破りとった。 加藤は風に乗って飛んで来た紙を見た。それはただの請求書であった。
合計 0円 加藤は顔を真っ赤にして、威風堂々とした軟体動物の後ろ姿を見送ることになる。
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