「どんなことをしても敵に回したくないものを思い浮かべなさい。何が浮かんだ?」

青が顔を赤らめて目をさ迷わせて、舞が見えましたと言うと、老人は優しく笑いました。

「ならばそれが、そなたの最強なのだ」

                   <リン・オーマに伝わる説話より その人の最強とは、本人にしかわからない>

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リターントゥガンパレード 第20回 SIDE−A グッドラックガール

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 それは、招かれざる。客だった。

「いよう」
一人の時はいつもそうであるように、何もかもあざ笑うような表情を浮かべて、瀬戸口は言った。

玄関先に出た、遠坂の表情が凍る。
憔悴した、良家の坊ちゃん。

言葉をなくして立ち尽くす遠坂に、瀬戸口は皮肉そうに笑ったまま、口を開いた。

「おいおい、そんな表情はないだろ? 親友にさ」

瀬戸口はそれがひどく面白い冗談であるかのように、微笑むと、おちつかなげに髪を掻き揚げる遠坂を、すみれ色の瞳で見つめた。

瞳の奥には家族と、自分の身のために仲間を売った男への蔑みと、哀れみと、そんなこと全部を、どうでもいいと思う、そんな気持ちが揺蕩っている。

何で俺は生きてるのかなあと、思い、次にはシオネの亡骸を抱きしめたことを思い出し、そして。

早く、壬生屋の所へ、じゃない。
自分の考える言葉を盛大に打ち消して、瀬戸口は思った。
早く速水の所へ帰ろう。
ここは、寒い。

黙っている遠坂を、おびえている遠坂を、馬鹿だなあ、後悔するくらいなら、死ねばいいのにと思い、瀬戸口は笑った。死ぬ自由があるのに使わないのは、本当に馬鹿だ。

そして、一枚の紙切れが入った封筒を手渡した。

「ほら、これでお前の安全は保障されるよ」

遠坂は、封筒を受け取って顔をあげた。はじめて夜明けを見たような、そんな顔。
「これは……?」

「推薦状さ。お前さんは学兵になる。徴兵のがれしてたんだろ? ま、刑務所ほどじゃないが軍は安心ってやつだ。よかったな」

 瀬戸口は壁に背を預けることをやめ、さっさと歩き出した。
やっぱりこいつは、生きているべきだと、そう思った。

こんな奴があの世にいるんじゃ、あの人がかわいそうだ。
そう考えたのだった。

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 5日前。

場所は、公園である。
聖地巡礼のようないでたちで、青い髪をおさげにした少女が、寒さに震えながら水のみ場で米を研いでいる。
公園でテント生活しているこの青い髪の娘を、田辺真紀という。
その日は着るものがないので、シーツを巻きつけて服のようにしていた。

白い息を吐く。それが奇麗なので真紀は喜び、何度か宙に吐き出して嬉しそうに微笑んだ。

田辺真紀はスケールが小さい。ちょっとしたことを途方もなく大きく感じる性質である。
車が苦手で歩くのが好きな、そういう性質だった。車はお金がもったいないし、それに速いのは怖いから、と本人は恥じ入って言った。

白い息が消えていく様は青空に浮かぶ雲が端から消えていくようだ。それで、世界と自分が繋がっている気がして、真紀はこの一事をもって今日はいい日だと思った。彼女のこういう直感は絶対に外れない。
外れようがない。なぜなら彼女はそれを信じているからだった。
そして黒縁眼鏡を指で押して思う。がんばろうと。

今日は就職活動をがんばろう。運のいい日に事を急ぐ。完璧な計画だ。

そしてとりあえず、がんばって米を研ぐことにした。

 寒い中で米を研ぐのは大変だ。だが、真紀は自分の絶大な幸運を知っている。世の中ではご飯を食べれない人だっている。そして、家が火事になった時、米袋を優先させて持ち出したのは幸運だと思った。

世界は自分を好いている。真紀は嬉しくて、寒い中で微笑んだ。震える手にもいいことはある、自分が生きてるって思えるから。

丁度風がやんで、真紀はさらに嬉しくなった。寒くない時があることはいいことだ。しかし寒くないばかりでは寂しい。だからきっと、今ぐらいがいいのだ。そうして我が身の幸運と幸せを喜んで何か分らない対象に祈った。願ったと言うほうが、正しいかもしれない。 願わくばこの恵みが多くの人にもあるようにと。

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その日、その50m先で準竜師は、不幸だった。

彼の趣味であるキャンプに、先客がいたのである。

家族連れだった。幸せそうに歌まで歌ってる。

 公園の立て札を見ろ、焚き火とキャンプ禁止とあるだろうが。
と、彼はイライラしながら思った。
そう思いながら、慣れた手つきでテントを建てる、枯れ木を集めて火をつける。

 準竜師は公園でキャンプが趣味である。
それは、小さい頃の準竜師が空を見上げることが好きなせいであった。天井がある場所では空は見えない。窓の中から見るよりも、寝そべって空を見たい。それが元々の動機だった。変人にも奇人にも一応、行動には理由というものがあるのである。

今は途方にくれる以外で空を見上げるのを忘れてしまったが、それでも準竜師は公園でキャンプをやっていた。

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 準竜師は考える。更紗は今頃休みかな。自分が仕事するとそれ以上に忙しいのが彼の副官である。だから彼は、時折こうしてたいして面白くもないこと時を費やし、休むことにしていた。
長すぎる枝を折り、思えば昔はキャンプする際に、舞もいたものだと思った。いや、正確にはその父にくっついていたのであるが。
 体が弱い従妹殿に対し、その父は気を使いながらもあちらこちらに連れて歩いていたものである。

「なぜですか」
 若い頃に準竜師は高熱を出している舞を抱えながら文句をいったものだ。
返事は決まってそう……