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「幸せは病気にかからないことじゃない」
そうそうそんな感じー。 ん。と思って準竜師が顔を上げると、先客である青い髪のおさげの少女が、咳をしながら、家族にそう言っていた。

その少女が準竜師に気づいてにっこり笑って見せたので、準竜師は思わず反射的に笑ってしまった。
しまった、笑顔を安売りしたと思う準竜師。数年前に更紗が女性に笑顔を向けると悲しそうな顔をするので、以来彼は長らく女性に微笑みかけることをしていなかった。

 それをどう思ったのか、青い髪の少女は笑顔を向けて近寄ってくる。
「こちらに来て、食べませんか?今日、お米を炊きすぎたんです」
少女は……、真紀は堂々と嘘を言った。米はせいぜい二人分だった。
だが、実際に炊き上がった米を見なければ嘘とは思わせないくらいの、そんな嘘だった。
この人物ほど完璧に嘘をつける人間もない。その女は、優しく笑ってみせた。

 更紗が盗聴してたら俺は死ぬなと思いながら、目を泳がせる準竜師。

真紀は音もなく笑ってみせると、やけに慣れた手つきで準竜師に手をさし伸ばし、いつのまにか準竜師の手を引いて歩きだしていた。口を開く。
「一人でご飯を食べると、悲しくなるんですよ」

準竜師は議論好きのへそ曲がりである。そう決め付けられて、自分が考えるより先に反論した。
「そういうのがいいと言う者もいる」
立ち止まらない真紀。彼女は振り向きもせずに口を開いた。
「それは嘘です。一人で生きていける人なんていません」

なんと言う絶対の自信だろうと準竜師は少々面白くなった。テストするつもりで口を開く。
「なぜそう思う?今の技術なら生殖にも二人はいらんぞ」

真紀は振り返りもせずまっすぐ前を見て言った。
「でも会話は一人では出来ないでしょう? 相変わらず。ちょっとくらい一人で出来るようになったからってなんでも出来るって、言えるんですか?」
青い髪の少女の返答は明確で、準竜師はそれで笑った。
「確かに私の負けのようだ。朝食に付き合おう。だが少し待ってくれぬか。実は荷物の中に干物とウインナーがあるのだ。互いに提供しよう」

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 準竜師は笑いを収めると田辺のその背を見て目を大きく広げた。

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 田辺真紀は抱きついてくる弟の髪をなで、姉弟揃って準竜師を見た。
弟は目を細める。準竜師の顔は見ようによってはつぶれたトカゲの化け物のようで、弟は世界唯一の姉を守るために姉を掴む手を離して前に出た。

にらむ。

 準竜師はまあそれが普通の反応だなと考えて笑い、ウインナーを詰めた袋を見せた。

動揺する弟。嫌いになれんタイプだなと準竜師は思いながら袋を投げた。 かなり慌てて走って袋を掴む弟。

「いい反射神経だ」
 準竜師は笑ってそう言うと横を通り過ぎ、健やかな姉弟を育てた両親に頭を下げて見せた。
 座り、皿を貰い、持参のフォークを取り出し、それから、楽しい食事がはじまった。

準竜師はこれだけうまいのは動物園で食べた以来だなと思って笑った。
良く笑う田辺真紀を見て、更紗に秘密にせねばならんのが残念だと考える。

 いや、微笑んで準竜師は思った。

秘密はもう沢山だ。どうにかして嫉妬深い更紗に話す方法を考えよう。
その横顔を、真紀の弟がじっと見ていた。