イントロダクション

 それは、なにかを待つ心であった。それがいつになるか分かりはしなかったが、自分の力でそのなにかに手を伸ばそうという、心であった。
 いくつもの生命を渡り歩きながら、それは何千年も待っていたのだ。そしてこれからも、ずっと待つだろう。それは人の心の上に浮かびあがる一つの幻想だった。

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//インタビューより 第7世界時間2001年9月10日付け ゲームミニコミ誌

 その日は何万だかの人が狂ったように掲示板へ書き込みをしていました。
ああ、でも今思えば、何万もいた訳じゃないかもしれないな。一万は居なかったのかも。
七千人くらいかな。
 書き込みできなかった人も居るでしょう。それは。



 帰省のための車の中で、電車の中で、北国で、南国で、日の出を見ながら、日暮れを見ながら。 多くの人間が天を仰いだと思います。

今思えば、なんであそこまで熱狂していたんでしょうねえ。あれも魔法なんですかね。

 クリスマス騒ぎかも知れませんね。あれは。あの人がかけた魔法ってのは結局、クリスマスを4日だけずらしただけなのかも知れません。



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その日。
 帰省のための車の中で、電車の中で、北国で、南国で、日の出を見ながら、日暮れを見ながら。 多くの人間が天を仰いだ。








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//第7世界時間 2000年 12月20日 11時40分

 折りからの強い風によって闇の夜空を切り裂くように月が顔を出すと、地上が映し出された。
 今宵、透明で淡い青い月光に照らされて、巨大な石舞台が現れる。



その石舞台の袖で、一人の男がいた。

 魔術師の格好をしていた。
長い剣鈴に、長い髪、長い裾の舞踏服。

 禊をし、髭を剃り、化粧をし、梳り。
男は何年かぶりに、故郷の姿をしていたのだった。
 その横顔には積み重ねた年月が見える。一歩一歩、毎日毎日を積み重ねた、それは長い長い彼の物語の証であった。



 男は振り向くと、無垢な少年のように笑った。
「アリガト、ゴザイマス」
「気にするな」

 技師はつまらなそうに口元をゆるめると、魔術師に言った。

「約束は守った。俺は4日だけ、時をずらした。もう一つも、必ず守られよう」
「サンキュ、デス。いままで、ズット」

そして技師は、魔術師を見ないで口を開いた。

「言っておくが、お前の言うことを信じているわけじゃない。ただ……信じていないという理由だけで誰かを不幸にするのなら、我らには固定観念も信念も必要ない」



「課長。時間です」
「分かった」

 技師は、部下にそう伝えると、魔術師の方をむいた。

「歌ってこい」
「ハイ」

それが友人との永久の別れであった。

 二人はもはや二度と逢うことは適わぬであろうことを口に出さず、互いに背を向けた。



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石舞台の上に登壇すると、Aは、剣鈴を鳴らした。
二度手を叩き、華麗に廻って足を踏み鳴らす。それは魔術のはじまりであった。

 踏み鳴らした足元から、光があふれる。

力を溜めれば筋肉が緊張する。派手に剣鈴を持った手を振れば、鈴の音が鳴る。
口が開かれる。



 その口から、凛と張った歌声が流れ出た。

この世界では誰にも聞こえない歌を歌いながら、Aは天を仰ぎ見た。
剣鈴を高くあげ、青い軌跡を描く。



 Aは、ゲームが終ったその後で、電源もなにも繋がってない第7世界で、手を叩き、一人歌い始めることで、自分の娘達を助ける魔法を使い始めた。
 それは一人の父親の歌であり、何かを思い出す歌であり、何かを祝福する歌であり、誰も知らない聞いたことがない歌であり、だが全員が歌える歌だった。

 歌は、第二世界の力。だが第二世界の力は、第七世界では使えない。

だが、世界最大のワールドタイムゲート、七つの世界を貫くセントラル・ワールドタイムゲートを開けば、第二世界の法則がこの世界に流れ込む。

 魔術師は、本当に魔術師として、魔法を使うことが出来たのだ。



異なる世界の七つの同じ場所で、同じ歌が歌われる。その心は闇を払う銀の剣。
 魔術師は、自分の娘達を助ける魔法をかける。

そなた達に幸あれと。 幾度いくたび幾世界の隔たりあろうとも、我は娘を愛している。娘の愛する全てを肯定する。娘の許す全てを許す。



 何万人も巻き込んで、ただ一人の男は、ただ一人の男に魔法をかける。その心に、銀の剣が現われるように。



 このゲームは、これで終りである。

ゲートが再び閉じた後、何がおきたのか、私は知らない。
だが思うのだ。ゲームと同じではなかったかと。



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”夜が暗ければ暗いほど 闇が深ければ深いほど 歌は燦然と輝きだす
それは互いを呼び合う声 いかなる闇も声は殺せぬ
それは光の替りに与えられし 偉大なる力

二つからなる一つのもの 互いに引き合い 手をふれあう

聖なるかな 聖なるかな それは偉大なる 最強の力

その心は闇を払う銀の剣”



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 来須は、一人ぼっちになった後で、教室を出た。
ただ一人朗々と歌を歌いながら、天を仰ぐ。
 それは彼の故郷で、子供が産まれるときに歌う歌だった。

夫婦が歌を歌いながら、子供を家に招きいれるという歌だ。
 本来はそう一人で歌う歌ではないが、遠いどこかで、もう一つの旋律を歌う男がいるはずだった。

”夜が暗ければ暗いほど 闇が深ければ深いほど 歌は燦然と輝きだす
それは互いを呼び合う声 いかなる闇も声は殺せぬ
それは光の替りに与えられし 偉大なる力

二つからなる一つのもの 互いに引き合い 手をふれあう

聖なるかな 聖なるかな それは偉大なる 最強の力

その心は闇を払う銀の剣”

 青い輝きが、来須の腕に現われる。

 どこからともなく集まってきた猫神族や小神族が、とじめやみに現われて、決して見るはずのない良き神々が、歌を歌い始める。

 青い輝きが、雪のように舞い落ちる。地面に落ちて模様を描き始める。

足元を、01ネコリス達が走っていった。世界の接続がはじまったのだ。

 この戦いで数は随分減ってしまったけれど、魔術の一つくらいは、まだ使えるはずだった。

”悲しみが深ければ深いほど 心が痛めば痛むほど 愛は燦然と輝きだす
それは今はなく、これから生まれる新しきもの
いかなる闇も手が出せぬ
それは光の替りに与えられし 偉大なる力

今なくして未来にあるもの これより生まれ 我を引き継ぐ

聖なるかな 聖なるかな それは偉大なる 最強の力

その涙は闇を払う金の翼”

 来須の着る奇妙な服は、奇妙な青い光の風景の中では、ひどく似合っていた。
木々が、草が、合唱を開始する。
 急激に伸びた草葉が、そこを永遠の草原に見せた。

”すべてをなくしたときにうまれでる

それは無より生じるどこにでもある贈り物

聖なるかな 聖なるかな それは偉大なる 最強の力

時が来たりて喜びをつづる 我は父母なり

全ての理を越えて我は未来に魔法をかける

聖なるかな 聖なるかな それは偉大なる 最強の力



 来須は、青い輝きに包まれて、薄くなっていくその瞬間、さも剣鈴を持つように手をあげた。

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 誰も空を見上げない時代には、空に穴が開く時がある。

古い伝説は言う。なぜならそう、空だって自分を見て欲しいと思う時があるからだ。

 自分を見てもらうために、とりあえず世直しからはじめるのだと。