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空に穴が開いた。









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//第5世界時間 1999年 5月11日

血だらけになった速水厚志は、その瞳を大きく開くと、叫び声をあげた。

 青い瞳の中に一瞬だけ銀の剣が映る。

無線から声が聞こえる。それは涙すら忘れる幼子の声。

「立ちなさい! ……立ちなさい!」

速水厚志は、口の中にたらふく溜まった血を吐き出すと、目を爛々と輝かせて上体を起した。 カメラに映るののみを、クラスメイトを見る。

速水は血を吐きながら弱々しくも不敵に笑ってみせた。



「……狩谷……」

速水厚志は、言った。
 得体のしれない何かに取り込まれた狩谷は、涙を流している。

速水厚志はイジェクションレバーを引いて全ての武器と装甲を除装すると、手に持っていたアサルトライフルを落した。
 素体になった士魂号が、素手であしきゆめと対峙する。



「自殺する気か。速水君は」
「違う。その逆だ。……委員長、あれでいい。敵の機動性についていくには、あれしかない。理に適った選択だ」

 善行の隣に立つ舞は腕を組んだまま、速水機を見た。まるで銀の剣でも持っているように速水機は手を動かした。
 それはまるで舞踏のごとく、羽一枚の軽さで着地する。



「速水機のモニタリング、成功しました。制御系統、操縦系統、反応なし。ともに全滅しています」
「だったら、どうやって動かしているの?」
「オールマニュアルだ。制御部品が全部死んでも、直接神経索を手で引っ張れば動かせる。奴は手で動かしている。……文字どおり」

 森と原が、信じられないという表情で顔を見合わせた。
舞は速水機の動きを追いながら、口を開く。

「やってみせている人間が目の前に居るのに、なぜそれを受け入れられないんだ?」
「誰も彼もが芝村じゃないんだよ」

舞は、隣で声が聞こえたような気がして、不意に顔をあげた。



 速水厚志は、ここにいない誰かに向かってつぶやいていた。
狭いコクピットで膝を立て、手を白い血で濡らしながら、内側の内装を叩き壊し、神経部品に直接手を突っ込んでいた。

「はじめようか。舞。今の今まで僕と君とで育てあげた腕と機体だ。あと一人のクラスメイトくらい助けられるはずだ」

速水厚志は、自らの血の池の中でにっこりと笑った。

「狩谷、お前を許す。お前の全てを肯定する。そしてお前に宿るあしきゆめを倒す」

そして首を振った。

「感傷ではない。ひとのゆめだ。人が生きる時、ゆめがうまれる。暗い絶望と嫉妬のゆめだ。憎しみと後悔が産む、自分は罰せられるだろうという、ゆめだ」

得体のしれない何かに取り込まれた狩谷は、涙を流しながら、光線を放った。
 機械的なバックステップとターンでそれをかわし、士魂号はゆっくりと手をあげた。

舞は腕を組んでいた。そうしないと、手が震えているのが他の人間に分かるからだった。

「戦えているじゃないか。あんなばけものと、戦えているじゃないか。ただの人間が」

「速水……」



速水は、小さくうなずくと、凛と顔をあげた。
「だが、それでもひとが生きようとするときに、もう一つのゆめがうまれる。はかなく頼りないが、たしかに存在するもう一つの夢だ」

 速水厚志は、自分を心配そうに見上げるののみを思った。

「自分をどこかで誰かが見守っている。影で人知れず、あしきゆめと戦っている!
弱い自分だが、我もだれかのために戦おうと!」

 士魂号は、己の拳に祈りを捧げるとファイティングポーズを取った。その動きはまるで生きているようで、クラスメイトの目には壊れかけた機械には見えなかった。
 まるで銀の剣を持つようなそのポーズ。その手の中に、幻の剣が現れる。

「この剣は、伝説! 存在せぬが、ひとが信じるそれゆえに、血肉を与えられ、あしきゆめと永劫に戦うよきひとのゆめ!」

「さもあるがように語られる、ありえない伝説。
だが、人が戦うには十分な理由!
人が人を信じるに十分な理由!」

 速水厚志は、その瞳を輝かせた。幻の剣がまるで重みを持つように、剣を持つ右腕が下がった。

「され! あしきゆめよ! 夜がくれば朝が来るように 希望と言ううすあかりと共に、人の心に、伝説が、よきゆめが戻ったのだ!」

「世界は再び選択した! 生きようと! 生きて再び明日を見ようと! かくて僕は剣は取る! いつも通りに!」

あしきゆめから放たれる光線を全弾華麗に避けて前進し、速水厚志は銀の剣を振りかぶった。 もはや誰の目にもそこに剣はあった。闇を払う銀の剣が。

「生きる者と死んだもの達の願いをこの剣に託し! 万物の精霊となった昔のゆめを飲み込んで!最強の伝説となったこの剣で…」

「ここから物語がはじまるのだ! 誰も彼もが幸せになるそのために!」

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 速水機は一気に機動を開始した。
銀の剣が、銀の輝きを残す。

 あしきゆめに取り込まれた狩谷は、涙を流しながら速水機に迫った。
銀の輝きを残して速水機がなおも早く動き出す。

その輝きは豪華絢爛。ただ一人からなる世界の守り。

「絶技動作に入った」
「越えたか。人の域を。奴は越えたか。血を吐きながら」

 瀬戸口と岩田は、互いにつぶやいた。
岩田が、厚い化粧の下の瞳を震わせる。
「あれは、自ら望んで絶望の山をかけ昇る、人でない何かに生まれ変わったのだな」

 速水機は、銀の剣を大振りすると、その反動で反転して背を向けた。そのまま身をねじりながらしゃがんで最後の攻撃をかわし、息の届く距離まで近づく。そのまま再反転し、銀の剣を逆手に持って、そして。

 ただ一閃で、銀の剣は狩谷を両断した。

狩谷が飛び散り、地面をはねる。
 加藤の足元に、狩谷の頭が転がってくる。
目を見開く加藤。



否。

それはやはり、幻の剣だった。
 力尽きて膝をついた士魂号の手には何も握られていなかった。
速水厚志は満足して、目をつぶる。

狩谷は気を失っていたが、傷ついてはいなかった。
 速水厚志は有言実行してみせたのである。



それはあまりに現実離れして、今まで起こったことはすべてゆめ、まぼろしであるように見えた。
 そして実際のところ、ゆめ、まぼろしで処理されることになるだろう。





それでよかったのだ。
 魔術を掛けた者も、戦った者も。

ことの最初から最後まで、ただ目的を果たせば良かったのである。





 クラスメイトが、速水機に駆け寄って行った。