5.  

「話によると、若い男が一人いると聞くが。」
「ここより奥は男子禁制。母なる水の聖洞。そんなはずが、ないでしょう。無礼にもほどがありますよ。」
「…、まあいい、どうせは1月後だ。いくぞ。マンセイ。」
「はっ。」

 太った貴族は、今に見ておれという気持ちを視線で表現して、若い長髪の剣士を連れて背を向けた。
 年を経た女官は、その後ろ姿を見送って強い調子でため息をつくと、背中を見る。

「もう大丈夫ですよ。セーラ様。」

「ばあや。」

 柱の影から、細い肢体が現われる。水の巫女だった。

「一部の女官に、外と繋がりを持つ者がいるようです。今後は注意しなければなりませんね。…ほら、そんなお顔をなさらないで下さい。は間近なんですよ。」

 水の巫女は、下を見た。自らの体を抱くその姿は、とても小さく、細く見える。 かぶり物の端につけた、が音を立てた。

…駄目よ。どうせ、あの太った強欲なる貴族、最低の汚水に劣るあの男が、を散らすに…きまっている。もういいわ。もう希望もなにも持たないで生きるから。」

 面白くなさそうに息を吸う年を経た女官。精一杯優しく口を開いてみる。

まだ分かりません。人間、なにが起きるか分からないものですよ。が天から降り、地より湧きあがるがように。この世に起こり得ないことはありません。…それより、あの殿方はどうですか?」

 水の巫女は、その話題が出た瞬間、急に元気になって顔をあげた。

「そ、そうなのよ。聞いて、ばあや、あのひと、今日は今迄の倍も眉を動かしたのよ。目覚めるのが近いかも知れないわ。」
だったら…すぐにも目が覚めるかも知れませんよ。すぐにも、そばに行ったほうが良くはありませんか。」
「…そうね。うんでは行ってきます。
「はい。」

 はしたなくも小走りに走って行く水の巫女の姿を見て、年を経た女官は頭を振った。 そして考える。ゴダロあのに敬意を払わぬ不遜な男と。



          
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