第5幕
その部屋は重厚で、歴代の持ち主の性格を凝縮したような部屋だった。
若宮が鼻の頭を動かした後、頭を下げて一歩下がる中、脇に帽子を挟んだ善行が頭を下げる。
部屋は、薄暗かった。
生徒達の手で磨き上げられた、重厚な木の机。そこの奥に座る初老の男。
それが士官学校の校長、前鶴智哉だった。全生徒の経歴と成績を覚えているという、男。軍ではタカ派で知られ、それが原因で海兵学校に飛ばされたという評判だった。
前鶴は、ツルなのにタカとは、こは如何にと言った顔で、口を開いた。
「善行予備少尉。再訓練の方はどうだね。」
「はい、大佐。順調であります。」
「うむ、ROTC(一般大学からの任官組)にしては、優秀な成績だ。江田島と比べても決して劣っていない。いや、むしろ勝っている。すぐにも現役登録したいところだが。」
「光栄であります。」
「兵隊言葉は使わなくていい。善行予備少尉。…座りたまえ。」
「はい。」
善行は、きっちりとしたスタイルで座ってみせた。校長がうなずくと、多少楽な姿勢を取る。校長は微笑むと、黙って深く座り直した。
「なんのご用件でしょうか。」
「我々人類の戦況は知っているか。」
「多少は。」
謙遜だった。情報統制されている民間人よりは、多少は教官を通じて情報が漏れてくる。
「大陸の状況は、最悪だ。中国軍の勇猛果敢さについては誰も異論を挟めないだろうが、相手が悪すぎる。」
善行は、うなずいて見せた。戦術の巧妙さと大規模投入能力については他国の追随を許さないと習っていた。問題なのは幻獣がそれ以上に巧妙で大規模だと言うことだ。しかし…善行は考える。なんで僕がこんな話に付き合わされる?
善行の考えを見透かしたように、前鶴は咳払いをした。
「…近々、我が軍は大陸への義勇軍を組織することになるだろう。」
「…難民問題が発生する前に、ですか。」
「…そうだな。それもある。我が国には大陸の人々を養う土地も食料もない。」
校長は、少しだけ笑った。
「これだから、ROTC(一般大学からの任官組)はいかん。軍人とはもう少し頭が悪くなくてはな。」
「…無理に軍人にさせられていなければ、その通りですがね…」
「何か言ったか。予備少尉。」
「はい、いいえ。何も言っておりませんが。」