第6幕
前鶴は、疲れたように椅子に座り込むと、首を暗がりに向けた。
「これで、いいのかね。」
薄暗い部屋の奥、女の細い足首が見えた。さわやかな、風が吹く。
「そうだ。」
部屋を出た善行は、肩を張って大股で廊下を歩いた。
若宮が、善行に寄り添う影のようについて歩く。
「ミスター、そう気張っても、何も起きませんよ。疲れるだけです。」
「…そうですね。…すみません。」
「いえ、あなたに正義心があることを見て、嬉しく思いました。しかし…」
若宮は、にこりともせずに言った。
「あまり、信用なさらないほうがいいかも知れません。」
「何が?」
「女の匂いがしました。」
「気のせいじゃないのですか。」
「伍長は草の伸びる音を聞き分けると言います。私は戦士ですが。気をつけたほうがいいでしょう。」
善行は若宮をからかおうと思ったが、頭をふった。好意に気付かないという馬鹿をやるのは、一度で十分だ。
「…分かりました。注意します。」
「それがよろしいと思います。さて、午前の授業ですが、自習にしようかと思いますが。」
「…嬉しい話ですが、なんでですか。」
若宮は、不器用にウインクしてみせた。
「良い下士官と言う奴は、結局のところ、上官から言われる前に先回りすることです。ミスター。」
若宮は、言うか言わないか迷った後で、付け加えた。
「いい子にして待っていてください。」