ガンパレードマーチ・外伝

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第25幕
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 その日、善行はひさしぶりに火を使ってコーヒーを飲んでいた。
それまで化学反応を利用した加熱材で暖めていたのである。
 戦場で煙を立てるのも、夜に遠くまで見える光を立てるのも、ともに善行の好むところではなかった。 今日、その宗旨を変えたのは、補給の為に一旦安全な後方に戻ったからだった。

「補給はどうでしたか?」
若宮はかぶりを振った。

「でたらめですな。弾は余りありませんが、食料はたっぷりです」
「輸送船のどれが沈められるかなんて、分かりませんからね。トータルで見れば確率論で損害を見越して輸送船を送れますが、まあ、ミクロな我々のレベルでは、偏りという物もでるでしょう」
「さすが少尉はインテリですな」
「大学が理系でね……中断させられましたが。飲みますか?」
「いただきます」

 若宮は善行からカップを受け取ると、海軍伝統のまずいと評判のコーヒーを胃に流しこんだ。
 こういうのは気分だと若宮は考える。うまいと思えばうまいのだと思う。そしてきっと善行もそう思いながら自らを慰めているに違いないと思った。

心頭滅却すれば腐った物もまた食える。信念が強ければ鬼神もこれを避けるに違いない。

 善行は若宮の表情変化を見た後、少し笑った。まずいなら素直に言えば良いのにと思った。
つるつるの顎に触れて、少々考える。

「ウォードレス兵は髭を剃れるのがいいですね」
「そのウォードレスですが、どうしますか?」

善行が森や山岳を歩きながら正規軍のゲリラ戦とも言える掃討任務についたことで歩く距離が増えた。それによって兵員の足腰の負担も増えた。
 歩兵の標準装備ウォードレスは、下半身に大きな負担を与えるのだった。

現在善行の小隊は一部の兵員を除いてウォードレスを返納し、昔ながらのただの歩兵として戦っていた。 戦いと言っても、戦時の大部分は戦場までの移動時間なのである。戦時の戦闘力と平時の損耗率を比較した結果、平時の方をとったのであった。

 善行はウォードレスについて尋ねられて、万能兵器などありはしないと言った。続けて喋り出す。
「どうにもなりませんよ。さすが平和ボケの国が作った兵器か、8時間しか連続着用出来ないようでは使い道が限られすぎます」
「港湾防御の部隊が山岳で不正規戦をするのですから、その点を責めるのは酷でしょう」
若宮は余り好みではない玩具を渡された子供のようなことを言う善行に苦笑した後、本題に入ることにした。

「中隊本部での様子はどうでしたか」
「損耗率の高さに泣いていました。我々の小隊の倍を超えてますね。あの疲労程度ではとてもさらに疲れるウォードレスを着ることは無理だと思います。……泥縄ですが館砲と横砲では行軍訓練をするようになったようですよ。あとは、装甲車を調達するようですよ。当面は陸軍のお下がりということで」
 機動力さえ高ければ、車載さえできれば、兵を疲れさせずにピンポイント投入できる。ひいてはウォードレスを運用できる。そしてウォードレスは、高い戦闘力を約束する。

 若宮は大きくうなずいた。
「わが国にとっては不幸な話ですが、少尉にとってはまこと、良い話です。少尉の先見の明の高さは本国でも有名でしょう。少尉の論文や報告書も相当読まれている感じですが」
「どうでしょうね、皮肉なことに、より評価が高いのは陸軍の方のようですが。先ほど顔を出した時、真面目な顔で陸軍さんにさそわれましたよ。大尉からどうだとか」
「はあ、お受けしたら画期的な、というより、陸軍と海軍が大喧嘩やりそうな話ですな」
「さてさて、どうでしょうね」

 善行は笑った後、真顔になった。
「湧井は、本当に僕を殺そうとしていたのかな」

湧井とは、善行の命を狙った下士官の名である。善行は若宮の働きによって、危ういところでこれを撃退していた。
 若宮は片眉をあげる。

「それ以外に何を考える必要が、あるのですか?」
「……今回の事件は、こうでしょう。旧大名、現軍閥の主導権争いから、あの女が校長から重要な情報を受けた。情報というのは海軍の大規模なスキャンダルだ。おそらく、土佐系に大損害を与えるという収賄情報かなにかでしょう。ひょっとしたらクローンがらみかもしれない」
「だから陸軍が少尉を取りこむと?」
「そう考えれば僕が命を狙われるのと、陸軍からの厚遇両方の説明できます。陸軍軍閥と言えば会津か芝村でしょう」
「はあ、芝村ですか。あまりいい評判は聞きませんな」
「私だって好きではありませんよ。とはいえ……敵の敵は味方というのは確かです」

 若宮は納得したが納得してないような顔でうなずいた。
「なるほど。……上は何を考えてるんでしょうなあ。人類の危機、お国の大事を真面目に考えているのでしょうか」
「昔、ソ連でそれを言ったら35年の刑でしたよ。5年が国家侮辱罪。30年が国家機密漏洩罪だったと記憶してますが」
「余り笑えませんな」
「そうですね」

若宮は頭を掻いた。
「それで、湧井ですが、どうしてですか?」

 善行はコーヒーをもう一杯飲むかどうか迷っている表情だった。口を開く。
「話が出来すぎている。刺客が間抜け過ぎた。手口、見たでしょう。わざと間抜けな奴を派遣したのかもしれない」
「海軍の稼業に暗殺は入ってないからだと思いますが。あの女が会津か芝村に仕えていて、少尉を不憫に思った。いや、こうです、恋をした。そして上役に報告、気前のいいその軍閥が、少尉の才能を評価した。というのはいかがですか」

 名案のように若宮は言った後、頬を緩ませた。
「自分もモテたいものです。少尉の女癖も、たまには役に立ちますな」
「……どれもこれも、情が入りすぎているように思えます。僕はそれが気に食わない。世の中はもっと無情に出来ているような気がする」
「被害妄想ですよ。少尉。恋という物は偉大なものなのでしょう」
 若宮はたまに慰問袋に入っている感動する映画を見たときのような晴れ晴れとした顔で言った。深くうなずく。善行は眼鏡を指で押した。

 恋にあこがれてやがる、何を子供のようなことを若宮は言うんだと善行は思ったが、次に思いなおした。若宮は年齢固定型クローンだ。実際軍務以外では子供のように純真に違いない。実際絵本を嬉しそうに読んでいたことがある。
 善行はこの件については相談するのはやめようと思った。

そもそもあの女が"本質的に男"だと、うまく説明する自信もなかった。

いや、どうなのだろう。
 確かに考え過ぎかもしれない。だいたい大掛かりに僕を誘導したとして、どうなるんだ?
 僕自身、人の情だか恋だかに冷静な評価をくだしているかどうかもあやしい。
 善行にとっての恋はどんなものでも苦いものだった。絶対うまくいかないくせに、夢だけは見せてくれる最悪の存在だった。だから避ける。が、他人はそうではないのかも知れないと、考えた。

 善行は長い間考えた後、口を開いた。
「……何もかも、実は作られていて、僕は踊らされていると思うことはありませんか」
「私の場合はまさにそれですから、思いようがありません」

 うかつな質問だった。善行は謝った後、考えるのをやめた。
湧井は名簿上まだ生きていることになっている。次の刺客が来るにしても、まだ考える時間があるはずだった。

 


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