ガンパレードマーチ・外伝

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第26幕
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「キメラですな。あれは厄介です」
若宮は、善行に渡された双眼鏡を見た後、そう言った。

「しかし、距離が近い。これはチャンスだと思いますが」
「厄介とは言いましたが、無理とは言っておりません」
「なるほど……班毎行動、下を通ります」
「了解」

 その頃、味方の損耗に伴って、善行の小隊は後方から前線に引き上げられた。
野球で言えば一軍昇格だと善行は思ったが、反面暗然たる気分にもなった。
本来弱兵といわれる海兵に第一線を委ねる必要があるほどに、戦線の状況は悪いに違いない。そう思った。

 前線の戦いはにらみ合いである。
浸透をもっぱらとする幻獣ではあるが、いや、それだからこそ人類側主力を拘束するためにこのような前線を築くことがあった。
幻獣前線軍は積極的に動くことなく、こちらの拘束だけを考えている。

 善行は兵が動かしたマンホールから下水道に入り、汚物の匂いに耐えながらゆっくりと移動を開始した。レーザーで体を焼かれるよりは汚物まみれのほうがマシなのは言うまでもない。

 歩兵は、攻撃力が小さい。移動力も小さい。撃たれ弱い。だが、隠れることが出来る。
どこからでも出てくる奇襲戦力として見た場合、歩兵という物は決して弱い代物ではなかった。浸透を主戦術とする幻獣が敵では、なおさらである。人類がわざわざウォードレスを開発するのはこのためだった。

若宮は、手信号で到着と知らせてきた。善行はうなずく。
 若宮はマンホールを開けて、外に顔を出した。右を見て、左を見て、上を見る。
手信号。兵が次々と飛び出す。

 少数づつ別れて建物の影に入っていく。
臭い匂いに気付いて周囲を見るゴブリンを兵の一人が、ナイフで首筋をかき切った。
手信号を送ると続々と腰をかがめた兵達が前進する。

 敵はキメラ。5mを越える、人類で言えば平射砲に匹敵する幻獣である。黒い甲蟲だか黒いサソリのような見た目だった。

 大口径レーザーを持ち、直撃すれば、戦車も危ない。
反面防御力はないも同然で、近づけば歩兵でもなんとかやれた。
 キメラもその点は良く分かっていると見えて、大体の場合は建物の影やその中に隠れていた。

 若宮は無線を取った。
「1番、2番、3番、5番よし」
「4番は?」

 銃声が鳴った。
「へまをやりましたな」
「分かってますよ。仕掛けてください」

配置についた兵が一斉に手榴弾を投げた。いや、転がした。
 しばしば実戦において、発射音が小さい(手で投げるのだから当然とも言える)この武器は、歩兵の力強い友として機能していた。
 なによりあまり厳密に狙う必要も、ない。

手榴弾を投げた瞬間、歩兵達は一斉に走った。走って攻撃位置を変えた。
爆発。

 次には別の方向から別の隊が攻撃をおこなう。そしてすぐに建物に隠れる。
今度は別の部隊が突撃銃を撃ちながら姿を現す。
 キメラが隠れる入り組んだ地形を逆に利用し、善行は小隊を完全に掌握して変幻自在の攻撃をおこなった。

「キメ公3、撃破」
「撤退」
 善行は欲張らずに迅速に撤退を開始した。敵定数の半分も倒せば十分だ。
再び下水道に入り、汚水につかりながら走る。残響まで汚く聞こえた。
出口が見える。出口に出る。善行が最後に出口から出た。

 善行は若宮にうなずいた。若宮はさらに兵士にうなずく。
「もういいだろう、このルートはもう使わん。やれ」
「はい」
 兵士は、スイッチをひねった。爆発。
今まで通って来た下水道の壁が崩れていく。

「もったいなかったですな。あと一、二回は使えたかもしれませんが」
「同じルートを二度使うのは指揮官の無能です。僕は、罠を仕掛けられたくありません」
「なるほど」
「損害の確認。そして次のを仕掛けます。急いでください」
「4班に半分の死者がでてます」
「4班は生き残りを含めて後退」
「はっ」

 善行はどんな強い兵隊も味方の無残な死体を見ると士気が下がることを経験的に理解していた。
 そして、士気が下がった兵隊に使い道はないとも思っている。
命令を無視して逃げられては困る。逆上して引く時をわきまえない、足を止めて戦われても困る。兵は駒で、駒は思い通り動かなければ勝てない。思い通りにならないくらいならいないも同然、下げたほうがいい。そういう考えである。

 部下に死体を見せない。脅えている仲間を見せない。それがその後の善行を特徴づける、ひとつの指揮テクニックだった。その理由の一端は、善行が湧井の死体を、今でも夢に見るからと言える。

善行が手を動かすと兵員は即座に散った。どのフォーメーションをとるべきか、手の動きで分かった。
「戦士、敵は追ってきます。罠を仕掛てください」
「了解いたしました。しかし、ここでは場所が悪くありませんか」
「ここなら糞臭くてもおかしくはないでしょう。それとも、全員で洗いますか?」
「なるほど……少尉には、才能がおありになる」

 善行は笑った。眼鏡を指で押す。人を駒のように扱い、敵を虫けらのように効率的に駆除する、そんな才能を誉められたくはなかった。
「誰かの教育がよかったんですよ。急いで」
「もう終ります。終りました。配置終了です」

 善行は悠然と後方に隠れた。腰に下げたサブマシンガンは、未だ幸運にも使ったことはなかった。

片手をあげる。
 兵達が突撃銃と軽機関銃を構えた。

息をとめる部下達。追跡してくるゴブリンとゴブリンリーダーが近づいてくる。
幻獣は全速で走っていた。後退する4班を追う。善行は囮として4班に最後の役目を与えていた。

善行は敵をやり過ごさせる。兵達は震えた。
 通り過ぎる。そして善行は撃て、と呟いた。

十字砲火。
 幻獣は背中を撃たれる。次々と着弾する弾に、踊るように跳ねるゴブリン。
追う方が追われる方になった。

 善行は動かない。動かないことで、事前の指示通り、踏みとどまり、反転する幻獣を集中して狙わせた。
 何匹めかのゴブリンリーダーが頭を狙撃銃で弾かれた時、幻獣は、組織的戦闘力を喪失した。

 幻獣の士気が崩壊する。

戦闘中、善行が喋ったのは一言だけである。
「4班に敵を近づけさせるな」
それだけだった。

戦闘はもはや一方的な段階をも越え、計画的虐殺に移行した。

 今度は徹底的に敵を叩き潰した。最後の一匹の頭が吹き飛ばされるまで、じっと待った。
若宮が射撃を終え、善行に声をかける。
「掃討、終了しました」
「ご苦労でした。今度こそ本格的に撤退します」
「は」

 善行は戦闘が始まったらうるさく言わないタイプである。その時に指示を出しても、もう遅いと考えているようだった。
そして常に、一方的に勝つ戦いを本義としてきた。苦戦するようなら戦わない。勝てない敵は分割する。それが善行という指揮官の終始徹底したやり口だった。
 そのためになら、多少の命令の再解釈もやった。防衛戦も死守も、善行にとっては趣味ではなかった。一時明け渡しても、次の瞬間には取り返せばいいと考えている。善行にとって歩兵戦とは隠れて動きつづけることだった。

 


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