ガンパレードマーチ・外伝

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翌日。弱い雨。

 この日、中隊単位ではじめて戦う日において、善行は戦闘スタイルを変えた。
部隊錬度と小隊指揮官の実力から今までのように緻密に部隊を動かすことに、無理を感じていたのである。善行は戦争を愛していなかった。だから、今まで成功している戦術や戦法をあっさり捨ててしまうことに、なんの抵抗もなかった。



手元に1小隊だけ置いて、他を防御部隊とした。
 1班づつ建物に入り、それぞれが援護射撃できるように配置する。
員数外の戦力として、遺棄された火砲を手に入れもした。

 善行は、無線に耳を傾けている。
特別に無線器を増設した指揮用のウォードレスは、刻々と善行の耳と網膜に情報を垂れ流し始めていた。

「こちらポイント秋、交戦開始しました」
「こちらポイント石、こっちも交戦開始です。敵、ゴブリン。すごい数です」
「ポイント上、キメラが前進をはじめました。攻撃しますか」

善行は声の震えを気にしながら口を開いた。
「上は観測に専念。秋、石は、自衛に専念。突破されてもかまいません。他の隣接ポイントは秋、石の援護」

 それまで沈黙を守っていた建物や廃虚が一斉に目覚めた。猛然と機関銃の射撃を開始した。次々と倒れる、幻獣ゴブリン。
 瞬く間に1000を超える撃破を数える。

 幻獣ゴブリンは、弱い幻獣である。臆病で背が低いし、生身の兵士より、多少劣る程度の戦闘力しかない。
しかしその一方で、幻獣の中でも脅威度はかなり高いレベルでランクされていた。
 なぜならば、恐ろしい数で人類側の攻撃を飽和させ、結構な数を前線の向こう側、つまりは民間人の居るエリアに侵入させるからである。
 そしてゴブリンは、民間人相手になると滅法残虐で強いのであった。

善行は戦場を思い浮かべた。マイクに声をあてる。
「友軍に砲撃要請。目標、キメラ。上は正確な座標を知らせてください。着弾観測と修正開始」

 キメラは前進して、その大口径レーザーで建物に隠れる兵を直接照準射撃して吹き飛ばす。防御拠点を潰される前に、こちらの火砲で潰す腹だった。
「友軍より返信、現在敵ゴルゴーンと交戦中。支援は期待できない。以上」

善行は眉をひそめた。
「重砲は重砲同士で食い合いはじめましたか」

予想できる範囲内だった。
「塚谷少尉。聞こえるか」
「聞こえます。さっそく予備部隊投入ですか」
「使うために予備をおいているんです。地下ルートを使ってキメラに接敵。これを撃滅してください」
「了解」

 善行が手元においていた塚谷少尉の率いる小隊は、装備を更新せずにそれまでのウォードレス"勇敢"を装備させていた。予備としてピンポイント投入を考えれば、着装時間が短くても人工筋肉の増幅率が低いサウンドフォックスより勇敢のほうが良かったのである。

 塚谷少尉率いる小隊は文字どおり飛ぶような速さで下水道を通り、最寄りのポイントからキメラに接近、攻撃を開始した。

 善行は、塚谷小隊が半分は死ぬなと思いながら、再び口を開いた。

 善行はすり鉢状に歩兵を配置し、その一番奥、すり鉢の底、アリ地獄のように座して、ゴブリン達を引き込んだ。

 ゴブリンは火線の弱いところ、つまり前線の弱いところに指向する性格がある。
善行はその性質を利用してゴブリンを罠に引き込んだのである。

どんどんゴブリンが迫ってくる。
 善行は結構恐いなと思いながら、口を開いた。

「そろそろはじめましょうか。特科火力。制圧開始」
 寄せ集められた6門の迫撃砲が火を吹く。

迫撃砲とは歩兵が使う簡便な火砲である。近距離にしか使えないが、歩兵が要請しなくても自前で使えるため、運用が柔軟で威力は大きかった。
 擲弾銃との違いは投射方式と射程の違いである。

続いて規定距離に達した時点で擲弾銃群が火を吹いた。
 善行は機関銃を除く中隊の火力を極端なまでに集中していたのである。
それは罠。善行はキル・ゾーンを形成していたのだった。予備を早急に投入してキメラを潰したのは、罠に穴が開くのを嫌がったためであった。

 迫撃砲と擲弾銃で広範囲に攻撃を受け、極端に数を減らしたゴブリンに、とどめの砲撃と突撃銃の射撃が浴びせられた。

 善行は員数外で手に入れた虎の子の火砲を直接照準が出来るまで進出させていたのである。
 専門でない歩兵が火砲を運用しても命中率は期待できない。
期待できるとしたら、直接照準で片をつけられる距離まで敵を近づけたときだった。

至近距離から火砲が火を吹くたびに、ゴブリンは小集団単位で全滅した。
また砲撃。

 命の特売どころですむのかどうか、指揮をとる善行にも自信がなかった。
こういう時笑うのだろうか。善行は思ったが、結局笑えなかった。
変態の程度は僕のほうが下だなと、そのようなことを思っている。

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8時間後。雨はようやく止み、時々雲の晴れ間が見える。

善行はその日何度目か分からない砲撃命令を出していた。
この調子で戦闘が続くようなら、

「ポイント秋、沈黙。全滅した模様です」
「ポイント栄を前進、石、バックアップ」
「こちら迫撃砲、弾薬足りなくなりそうです」
「射撃間隔を広げて当面は応答してください」

 善行の戦場は中隊本部だった。無線機を相手に指示を続ける死闘。
よどみなく出す指示に、部下の命が掛かっていた。

 戦場の泥でよごれたウォードレスが掛かってくる。
「中隊長」
「どうしました?」
「撤退命令です」
「こっちの戦況はそう悪くないようですが」
「はい、いいえ。右翼と左翼はすでに突破され、中央の我が大隊は孤立しつつあります」

善行はしばらく口汚なく罵った後、一度黙った後に口を開いた。
「まだ敵の攻勢は続いている。もう少し待ってください。各員、パターンBで決められた手順での撤収準備を」
 善行ほど綿密に撤収準備をする指揮官も珍しい。必ず複数の撤収パターンを用意し、組織的な撤退を心がけていた。

 攻勢が途切れた。他の誰にもそうは見えなかったが、善行は確信を持って口を開いた。
「今です、撤退開始」
 善行の部隊は組織的に撤退を開始する。
下がる部隊が追撃されないように複数の援護射撃がおこなわれ、下がる部隊には新しい抵抗拠点が与えられた。一巡するとさらに再度の撤退をおこなう。

 それでも。

それでも、死者は出た。それを待ち構えるように、ゴブリンが襲いかかったのだった。
負傷している者から順に集中攻撃し、行き脚を落してよってたかって殴り殺す。
 瞬く間に跳ね上がる損害に、善行はじっと耐えた。

「損害は?」
「12%です」
「糞」

 若宮の視線に、善行は眼鏡を指で押した。部下に言い直す。
「失礼。続けてください」
「……他の中隊は30%を超えています」
「大敗北じゃないですか」
「敵の大攻勢です」

 敵の大攻勢だったら大敗北でもいいのかと善行は思ったが、哀れな報告係を罵倒しても意味がないのは良くわかっていた。黙って待つ。

 長い時間と思える一瞬の後、新たな報告が入った。
「全小隊、予定地点に到着しました」
「よし、背を向け。全力で撤退。Cラインまで下がった後、再編成。火砲は捨てて行きなさい」
「はっ!」

 善行自身も走り始めた。
市街から丘陵地帯へ。荒れ果てた田園地帯へ。
 丘陵地帯で燃える戦車を見たときだけ、善行の足が止まった。
「お急ぎください」
「日本料理をおごりそこねたな」
「なんですか。それは?」
「独り言です。川向こうまで撤退しましょう。まったく、僕の転任が決まったらこれだ」
「運の悪い敵ですな。数日待てば鬼善行と戦うことはなかったのに」

 善行は笑った。

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 Cラインと呼ばれる川向うまで撤退すると善行は部隊を再編した。
同時に行き場をなくした兵員を指揮下に入れ、応急の小隊とし、さらに後退する部隊から弾薬等の供給を受けた。

 なんとなくの予想は出来ていた。
善行は大隊の大隊長に呼び出される。


「お呼びですか、大隊長」
 善行が忌々しいほどの格好いい敬礼すると、大隊長である少佐は落ち着きなさそうに答礼し、いかにも苦しそうに自らの襟を引っ張って口を開いた。
「善行中尉、君の部隊が一番被害が少なく、士気も旺盛だ」
「はっ」
「後衛戦闘を命令する。部隊が後退するまでの時間を作れ」
「了解いたしました」
 大隊長は何か言われると思っていたが、何も言われないので不審に思った。命令は決死というより必死な内容だったからである。

 大隊長は、心からそう思ったように口を開いた。
「貴殿の上官であったことを誇りに思う」

 善行は笑ってその言葉を聞いた後、そのままの顔で言った。
「海軍として僕を殺すチャンスは、今しかありませんからね」
「……すまん」
 善行は、眼鏡を指で押した。言い訳するように大隊長は喋りつづける。

「だが、こうなったのは偶然だ。これは本当だ。必ずという命令があったわけではなかった。私だって陸軍を敵に廻すのは恐い。と、特に、芝村は憲兵を使うという。憲兵の拷問は、聞いたことがあるだろう!?」
「そして海軍ににらまれるのも恐いと……わかりました」

善行は堂々と背を向けた。
 腹立たしいが、友軍の兵や、さらにその後方でにげまどう民間人を守る必要は強く感じていた。
 ただ己の部下を不憫に思った。

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善行は戻った瞬間に若宮を呼んだ。
 生き残った部下は既に整列を終っており、汚れた姿で、善行を待って居た。
汚れている以外と、数が欠けている以外では、はじめて指揮したときとまったく同じように、部下は善行を見ていた。
 善行はそれが、たまらなくつらかった。
口を開く。

「戦士、中隊の残弾確認」
「はっ。平均14発であります」
「5秒で撃ちつくすな」
「ベテランなら10秒は持ちます。ま、自分はさしずめ15秒ですが」
 若宮は下士官の鑑のような顔で言った。微笑んでみせる。

 善行は、眼鏡を外して時計を見た。日没まであと30分。
日さえ沈めば、闇に紛れて多くの者が逃げ延び、あるいは隠れることが出来る。

(…この世には、悪魔はいない。奇跡も、またない。あるのは人だけだ。努力する人間がいるだけなのだ)

 善行は、微笑んだ。
弾がなくても、肉薄すればまだ戦える。善行はぎりぎりまで敵を引き付けて、そして突撃をするつもりだった。
 これで貴重な最後の何分かを稼げるはずだ。善行はそう思った。

「敵は?」
「キメラを前面に押し出しています。それと、ヴィーヴルも」
「ゴブリンは、捨て駒だったか」

善行は上を向いた。出てもいない月を思って、そして口を開いた。
「敵を引き付けた後、突撃する」

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善行は、眼鏡を取って、自分の眼鏡を見た。遠くで響く砲弾の音。静かに笑っている自分。
「……ここにいることを、神に感謝しています」

 唖然としている部下達に、善行は独り言のように口を開いた。
「少なくとも、ここに我々がいるということは、民間人を救えるかもしれない…そういうことです」
 部下の全員が、今や自分達の命を握るただ一人の男を見た。善行は眼鏡をとったまま、部下を見る。
「我々が時間を稼げば、もう何人かは、助かるでしょう。以上。…戦士、5分時間をやる。僕についてくる人間を志願させろ。ここから先に作戦はない。志願兵だけで行く」
「はい。中尉、いいえ」
 若宮は出来の悪い生徒の、最高の答案を見た教師の顔で微笑んだ。
「既に話はついております。我々は兵と下士官、士官である前に、正義の味方であります。……つまりは、ここで逃げれば格好悪いと思いますが」

 善行は、微笑むと眼鏡をかけて、顔をあげた。
表情を引き締め、ウォードレスの人工筋肉を、動かし始める。



「ではいこうか。戦士」
若宮は笑った。部下が、はじめて笑った。
「はっ」

若宮は晴れ晴れとした顔で兵達を見た。
「良く聞け兵隊! 我々の隊長は我々に見事な死に場所を下さったぞ!全員銃剣装着!弾のある奴は前に出ろ!」
「はっ!」「はい!」「分かりました!」
「僕が先頭だ」
「当然であります。中尉」
「良く言った。戦士」

 若宮は、善行の背を力強く叩くと、ヘルメットをかぶった。
それが彼の、真の合格証書だった。
「死なせませんよ。あなたは出世するべきです」
「君もな。僕は優秀な下士官が欲しい」
「敵襲!」
「では両思いを確認したと言うことで、お互い生き残りますか」
「そうしましょうか」

 レーザーが、飛び交い、地面を、アスファルトを、ビルを削る。あがる炎。叫び声。
そこは地獄。地上の地獄。

その地獄で、笑う男達がいた。



それは歴史の、どうでもいいワンシーン。

 川を背に善行は部隊を配置した。コンクリートで覆われた川岸にへばりつき、敵が近づくのを待つ。
 待って、待って、待った。幾人かが、コンクリートごと削られて死んだが、それでも貴重な弾丸は使わなかった。
 兵達は、待ちながら祈る。兵がこの期に及んで祈ったのは我が身の安全ではなかった。
善行が見込んだ通りの男であるかどうか、自分達の見込みが正しいことを、兵達は祈った。

 兵が見上げればキメラの黒くて長い足が見える。
 善行が下からサブマシンガンを撃ちあげてキメラを吹き飛ばした。
立ち上がり、走り始める。部下が一斉に続いた。
先頭に立つ善行が喉を震わせながら声をあげる。

「アールハンドゥ ガンパレード! アールハンドゥ ガンパレード! 全軍抜刀! 全軍突撃せよ! 正義を守れ! 我々が真に誇りえる軍と国家であることを! 血と! 我らの屍で! 示すのだ! 地獄のどこにあろうとも、人の尊厳を守ったと!」
「おお!」
「中隊突撃!」
 川岸を離れ、砲撃であがる土煙をかいくぐって善行の率いる中隊は突撃を開始する。



 部隊の半数をレーザーで焼き切られながら、善行の中隊は第2陣となるキメラ達の群れに突っ込んだ。
 最前列で自分の眼鏡を押しながら、善行は叫び、抜き放ったカトラスを振るう。キメラの頭を叩き潰し、体液を浴びながら叫ぶ兵士達。
 足がもつれ、転んでも、再び立ち上がり、突撃する。
腕をレーザーで撃ち抜かれたことに気付かず、善行は叫んだ。

「前進だ! 前進しろ! もう後ろはない! 僕達が民衆を守る最後の盾なのだ!」
 傷つき叫ぶ善行の姿を見上げ、兵達は嬉しそうに笑って眼前の敵に突っ込んで行った。
そこに自分達が夢にまで見た、正義の幻想を見たからだった。



 奮戦し、自分の体を盾にして仲間をかばい、手榴弾を抱いて敵を道づれに自爆する。

 若宮が血を流しながら叫ぶ。
「中隊! 中隊長を守れ! 衛生兵!」
「衛生兵は死んでいます!」
「そうか…。割と面白い人生だったな」

 若宮は笑った。隣りの兵士が笑って敬礼した。
「そろそろ、私もおいとましようと思います。戦士」
「そうか。地獄で会おう」
「は、中隊長だけは」
「命に代えて」
「地獄で会いましょう」
残った兵士達が突撃を開始する。
 若宮は笑って敬礼をした後、善行の元へ駆けて行った。

レーザーの光が次々とまたたく。

カトラスを振り上げ、銃剣を突き上げ、撃ち抜かれながら、兵達が声を震わせた。愛しくてたまらない自分達の輝かしい未来、善行の耳に、届くように。
「人類万歳! 善行万歳! 正義を守れ!」
 この瞬間、善行がはじめて指揮した中隊は、全滅した。
指揮下二百人の兵達は、一人の下士官を除いてことごとく死に、その忠誠を国家と善行に示した。
 部隊損耗率99.5%。文字どおりの全滅である。



 それが善行の最初の敗戦であり、そして善行が生涯を通じて得た最大の敗戦であった。
善行は、部下の血と屍で長い軍歴の最初の一歩を飾る。

 


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