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父は、釣りが好きであった。ただ魚が釣れた試しはなかった。
 父が死んだという前日も、舞は父に連れられて河縁にきていた。

小さな舞は河原で石を転がしながら、父の背を見ていた。

「何を釣っているの?」
「勇気だ」

 背中を見せたまま、父はそう言った。

「父は勇気を釣り上げるのをまっている」
「魚じゃないの」
「魚は不思議の側の大河にはいない。大河を泳ぐのは万物の精霊だけだ」

父はそう言った。舞は、釣れない言い訳にしてもソーダイな話だと思った。

「釣ってどうするの?」
「いつか勇気が釣れたなら、私は、私が持つ全てを捨てて、ただ誇りのために生きるだろう。それが必要なことは分かっている。 それが出来る力も、あるだろう。足りないのは勇気だけだ。未来の守手として世界と時の門を越える勇気だけだ」

光る水面を見ながら、父は目を伏せた。

「どんな知識も知恵も能力も、自分から困る人に手をさし伸ばすことは出来ない。それをやるのは、人の心だ。それを勇気と呼ぶ。 人の心は勇気が統治し、勇気が戦う。勇気こそ王者。勇気こそが第一番」

 父は自分を見つめる舞の顔を見た後、優しく笑った。

「勇気は釣れた。帰ろう」
「どこにあるの」
「私とそなたの間にあった。私の目が悪かった。それは最初からあったのだ」

父は、魔法のように長い釣竿をかき消すと、舞を肩にのせて歩き出した。
長い沈黙の後、口を開く。

「そしておそらくは、遠いところで思い出すことになるだろう」

父は、歯を見せた。

「私は思う。 私に勇気がある意味を」