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教室の扉を開けたのは、速水と舞同時だった。

「遅れました」
「そういう日もある」
「……おいかけっこもほどほどにしてください。席について」

 善行は速水と舞が席につくのを見ると、自費で買ったカラオケマイクに声をあてながら言った。
「あー、では、気を取り直して。そろそろ、皆さんの訓練も進んだみたいなので、次の段階にいきましょう……はい、壬生屋さん」

 勢い良く手をあげた灰色の制服の女性を、善行はあてた。
自分でも似合わないと思っているのか、胸元のリボンを痛く気にしている。
「あの、まだ私たち3回しかマルトクに乗ったことないような気がするのですが」
「回数はさほど問題ではありません。士魂徽章、もらったでしょう」
「そんな……」

 自分で言うのもなんだが、壬生屋の操縦技量はお粗末だった。
シミュレーターから実機訓練、実戦訓練2回で戦車兵資格の獲得。
最初はぽんぽんと訓練が進んでいるので喜んでいたが、この頃は不安になりはじめていた。

「でも私の技量は、それほどでも」
「大丈夫ですよ。まだ、訓練の時間はあります」
 善行は壬生屋に最後まで言わせなかった。

「まだあせらないで結構です。これはただの形です」
「はい、委員長、なんでそんなに急いでいるんですか」

 滝川の言葉に、善行の表情が渋くなった。今も陳情している小隊付き戦士が早く欲しくなる。 このままでは上下の関係というよりも友人の関係になりそうだった。個人としては歓迎すべきだろうが、 場合によっては死ねと命令する人間関係にはほど遠い。
「それは……まあ、皆さんの為ですよ」

皆の不安そうな表情を一瞥した後、笑ってみせた。
「そうだ、今日から新しい隊員が来ます。紹介しましょう」
「かわいい娘ですか?」
「まあ、そうともいいますね」

滝川は席を立って速水を見た。
「やったぞ、速水」
「僕を巻き込まないでよ」
「ずるいぞ、お前だけいい格好して」

 速水は何故だか知らないが身の危険を感じて舞を見たが、舞が至って平静な顔をしていたので、少しがっかりした。

「どうした?」
「う、ううん。助勢してくれないかなと思って」
「クラスメイトが増えることを喜ぶのを反対する手伝いか?」
 速水がなんと言いかえそうか考える間に、善行は教室のドアを開けた。

「どうぞ」
「やあ、女性の皆さんこんにちは。野郎は、どうでもいいや。俺の名前は瀬戸口隆之」
「えっとね、東原ののみ、ですっ」
「きちー」

 善行はさりげなく手際よく三人をならばせると、自分も並んでしゃべった。
「彼らは通信学校の学生で、速成教育が終って今日から合同演習することになりました。通信学校での教育期間は、 ほぼ皆さんと同じくらいの時間です」
 舞は無表情だった。速水は、芝村が僕をあまり好きではないのかなと思った。

「委員長、それで、かわいい娘はどこですか!」
善行は、にっこり笑ってののみを見た。
ののみは視線に気付いてにっこり笑って善行を見上げた。
 良く笑う小さな子だった。年齢はどうみても10代には見えない。
「……ほら、かわいい子でしょう?」
「そーいう話っすか?」
「壬生屋君」
「はい」

 壬生屋は私物で持ち込んでいる木刀の切っ先を滝川の喉元に突きつけた。
はらりと黒髪がゆれる。

「嘘です委員長、委員長はロリコンではないと思います」
「……そういう考え方しかできないんですか。……私はね、子供が好きなだけです」
「僕も子供なんだけど、どうかな」
「そなたを膝に抱いている委員長を私に想像せよというのか」
「うんとね、たのしそうだねぇ」
「そうだな。騒がしいくらいがちょうどいいかもな」
「きちー、誰か俺の名前代りにいってくれー」

頭痛がするのか、頭を押えた善行は、直後に黒板を平手で叩いた。静かになる場。
振り向いて眼鏡を指で押す善行。

「よろしい。各員席についてください。ここから先は本田教官にまかせます」
もう一度小隊付戦士を陳情しておこう。善行はそう考えた。

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 礼を言わねばならないと、思っていた。

 大猫ブータは、咳き込みながらプレハブ教室の廊下を歩いていた。あの少年はどこだ。
時折立ち止まり、荒い息の中で目をつぶる。

その隣を、男が歩いていった。
 悲しい足音だと、ブータは思った。

その足音を、別の足音が追いかける。その音も、悲しかった。

「怒っとるねぇ」
「中村くんか……授業はどうしました?」
「すぐ戻るって……ただ委員長が、心配でねぇ」

 このきちーが口癖の太った男を、中村という。中村は、片目をつぶって、つぶれた大福のような笑顔をしてみせた。
善行は、背を向けて眼鏡を指で押して、表情を消した。

「怒ってませんよ。ただ、理不尽な世界に腹を立てただけです」
「部下を、囮にしたくにゃあとだろ?」

 善行は少しだけ振り返って、口を開いた。

「それもあります」

「それだけでしょうが。練成未了の戦車兵部隊が、中学生突撃隊に次々廻されとっとだろ?」
「……はい」
「長期的な戦力より、短期的な戦力を。……典型的な負け戦のパターンねぇ。だから、徽章やるのを急いだ。 名目だけでもなんでもいい、まだ生き残る確率のあるほうをってね」
「なんでそんな説明的な言葉をしゃべるんですか」

中村は、苦笑いした。両手をポケットにいれる。

「悪ぃ。ただ、あんたは悪くなかと、そう言いたかっただけ」

善行はまた背を向けた。中村は姿勢を正した。

「自分も、まともな大人なら、同じことしていたと思います」

三歩歩いて、善行は口を開く。

「ありがとう。それから、私の心配はいい。それより、授業を受けなさい」
「はいっ」



誰も彼もが戦っているのだな。
 大猫ブータは、そう思った。

それはそうだ、誰も守ってくれないのだから、自分で戦うしかない。
 どこにいったのだ。弱者の守り手は、あの光の軍勢は。

あしきゆめをゆめの中だけで終らせる醜い舞踏達はどこに行ってしまったのだ。



ここか。ブータは血を吐いて自嘲した。
わしが最後の光の軍勢よ。わしが、わしが。





ブータは、下を見た。