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/*/ 速水は、舞の行く手を阻むように前に出た。 「芝村……」 「分かるだろ、戦争なんだ。ああ教える必要があるんだよ」 舞は、目を細めた。速水はその視線を受け止め返した。 「……私は、怒る気持ちも分かります」 舞を冷静に、そして騒ぐ壬生屋をうんざりするように見ていた瀬戸口は、ののみの頭に手を置いた。笑ってみせる。 ののみは、舞を見ている。 目をつぶったブータは、女の歌声を聞いたような気がした。 (それはすべてをなくしたときにうまれでる。それは無より生じるどこにでもある贈り物) ブータは、顔をあげた。七度七度生まれ変わろうと、決して忘れえぬ旋律だった。 (それはすべてをなくしたときにうまれでる。それは無より生じるどこにでもある贈り物) ブータは、無意識に心の中で詩を引き継ぐ。 (それはすべてをなくしたときにうまれでる。それは無より生じるどこにでもある贈り物。それは悲しみを終らせる為に抜かれた刃。 偉大なる魔法の女王が残した最後の絶技。世界のどこにあろうとも、かならずさしのばされるただの幻想。失われそうになれば舞い戻り、 忘れそうになれば蘇る、最弱にして最強の、ただ一つの聖なる力) それはブータが好きだった希代の女詐欺師の言葉であった。 大猫は、咳き込みながら教室の窓から顔を出した。教室の中を見ようと、後ろ足で立って背伸びしている。 自分の前まで歩いてきた少女を、腕を組んだポニーテールの娘は、冷静に見下ろした。 ポニーテールは、素直そうには見えなかった。 「うんとぉ、えっとお。……えへへ、きちゃった」 「それがそなたの選択なら、私が何を言うものでもない」 ののみは嬉しそうに笑った。そして、舞に抱きついた。 「ののみはね、おもうのよ。ののみのしあわせは、ここにあるんだ」 他人がきけば冷淡に、文字で書けば他人事のような言葉。 舞は、ののみと速水だけには分かる笑顔で、そうであるといいなと言っていた。 大猫は丸い瞳にののみと舞を映した。 /*/ 大猫と共に舞の腰下に抱き付いているののみを見た後、速水は舞の顔を見た。 「どういう知り合い?」 それは僕が芝村に抱き付いていいと言うことかなと速水は思ったが、言うと命が危なくなりそうなので、何も言わなかった。 もっと舞を知りたいと思う。一方口を開いて言った言葉は別の言葉だった。 「じゃあ、僕の友達でもあるね。よろしく。僕、速水厚志」 ののみの笑顔に、速水も思わずつられて笑った。 「いくつ?」 ののみが両手の指で示すと、速水は今度は作ったにっこり笑いを見せた。 「そうなんだ」 後ろから話の輪の中に入るタイミングを計ろうと覗いていた壬生屋が、突然騒いだ。 壬生屋の豊かな黒髪が驚きで広がったように見えた。後ろから抱きつかれたのだった。 瀬戸口は、壬生屋を拘束したまま、ののみに笑いかけた。 「世の中、いろいろあるのさ。な」 ののみは嬉しそうに笑った。 「そーか。いいことがある、か。それはいいな。俺もいいことがありそうだ」 「俺の名前は瀬戸口隆之っていうんだ」 瀬戸口はなんとも人好きのする笑顔で笑って、じっと待った。 「えっとね、東原、ののみです」 瀬戸口は破顔すると、立ち上がって速水と舞にウインクしてみせた。 「挨拶は重要だろ?」 舞は、表情を変えずに平然と口を開いた。 耳をつねられた速水の顔を見て、瀬戸口は笑った。 「ははは、いやいや、芝村のことは、話できいて知っているよ。女性がいるとははじめて聞いたが。俺はつぶれたトカゲ顔の方しか知らなくてね」 舞は静かに言った。 |
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