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一方その頃。

 副官に水かきのついた少女に包帯を巻かせながら、準竜師は物を考えていた。
くしゃみをする。つぶれたトカゲがくしゃみをしたように見えた。

 水かきのついた少女は、鬱血していないほうの目でぼんやりと準竜師を見ている。
「勝吏様」
「どうした」

副官は、縦巻きロールを揺らして眉間に皺をよせていた。



「お戯れがすぎます。このような娘を、どうされるつもりですか」
「熱帯魚のかわりに飼おうと思ってな……嘘だ」
「はっ」

 副官は抜こうとした拳銃を収めた。

「市井に放してやろうと思っても、日本語すら知らない。ここで暮らさせよう。名前は、そう、琴乃にしよう」
「誰が世話をすると思っているのですか」
「優秀な副官あっての俺だ」

「……いつも、私に女を世話させるのですね」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。拝命しました」



 準竜師は頭をかいた後、わが従妹殿に連絡するかと思った。

「……今度、動物園にでもいくか」
「……ほんとうですか」
「琴乃を連れてな。喜ぶだろう」

副官の顔が、こわばった。



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舞台は戻る。教室で先ほどの授業について話し込む一同と、ののみを相互に見た後、瀬戸口はののみの目線で言った。

「せっかくの休み時間だ。遊びにいくか?」
「うんっ」
「ということで、行ってきてもいいかい?」

 舞はののみを見た後、瀬戸口に言った。

「私はののみの味方ではあるが、主権者ではない」
「でも後見はしてるんだろ?」
「上下関係をつけるのが好きな男だ」

 瀬戸口は、笑ってののみの手を取った。
「あんたは変な芝村だな」
「貴様に芝村の何が分かる。百年つきあって言え」

軽妙な感じでそう言い合ったあと、瀬戸口は上機嫌にののみと外に出ていった。
鼻歌など歌っている。

 速水は、その姿を見て笑った後、舞を見た。
「あの人は、芝村を知ってるの?」
「私は知らない」
「格好いい人だね」
「私の趣味ではない……なぜ嬉しそうにしている?」

 速水は、いかんいかんと思いながら視線だけを上にむけた。
「そう見える? ……それにしても、瀬戸口くんには同じ歳頃の妹でもいるのかな」
「私はしらない。私に尋ねず、本人に尋ねてみればいいだろう」
「そうだね。ねえ、あの子と僕は同じぐらい大事なんだよね」

「仲がええ姉弟のごたっねぇ」
中村が顔を出した。不機嫌そうな速水の鼻先に、指を向ける。

「俺の名前は中村光弘。バトラーと呼んではいよ」
「……はい?」

 速水は困ったように舞を見た。舞は無表情である。
この人は自分に敵意が向けられない限り気にしない人だ。速水はそう覚えたあと、仕方がないので一人で対処することにした。

「だから、バトラー」
「中村くんと言うほうが、似合っているよ」

正確にはバトラーと呼びかける自分はにあわないと速水は思った。

「そう!? ださくにゃあや」
「ううん。いい名前だと思うよ」

「じゃあ、しょうがにゃあね、中村でええばい」
中村は笑って不器用に片目をつぶると、なれなれしく椅子に座った。
「それにしてもすげえ授業だったねぇ。いつもあぎゃんね」
「そんなことないよ。ね、滝川くん」
「滝川でいいって。あー、今日から突然だよ。前から厳しいとは思ってたけどな」

舞が口を開いた。
「急いで訓練させる必要が出来た、そんなところだろう」

 中村は良く出来ましたと、ちらりと笑った後、陽気そうに言った。
「そうね。それが一番らしかごたっね……あ、ごめん」



中村は懐から靴下を取り出した。
耳にあてる。

「こちらバトラー。……あんたか。こんな時に珍しいな。盗聴される危険性を考えたのか?……ああ……ああ」

「なんだありゃ」
「さあ」
「速水、個人の趣味に口を出すのはどうかと思うぞ」
「そういう範囲の問題かな」



中村は靴下を几帳面に畳んで懐に入れると、皆を見て、口を開いた。

「笑えよ、お前ら」
「あ、ごめん」
 滝川は吹き出した。

「悪い、俺、一瞬マジかと思った!」
「んなわきゃなかろうが。冗談は心の栄養たい。冗談たりんといかんばい」

 中村は滝川と速水と笑った後、笑いながら口を開いた。

「そうそう今度の日曜、みんなで動物園にでもいかんね」
「は?」
「いや、動物園」
「なんで」
「うん、近々動物園の動物が本州に避難することになってねえ。それで、その手伝いをボランティアで人集めとっと」

中村はもっともらしく腕を組んでそう言った。
滝川が納得する。

「なるほど」
「それに、これから先はまた何年か見れんどけん、ののみちゃんに動物を見せてやりたかもんねぇ。それに親交会をくっつけよか。 一石三鳥たい」
「あー、いいんじゃねえの?」
「そうだね。芝村は?」
「……つぶれた青いトカゲは見れるか」
「見れる」
即答する中村に、舞は前髪をかきあげた。

「よかろう」