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「時速、70km越えた」
「まだ行けそうですね」

 士魂号は強靭な足首で身をひねると、速度を維持したまま渋滞に入った。
速度を維持したまま、車をまたぎ、飛び、狭い空間を足取りを変えることで悠々と通り抜けた。

 士魂号の足の裏、すなわち接地面積は普通自動車よりずいぶん狭い。
都市空間という奇妙な戦場では、全長9mの士魂号の方が、乗用車より狭い空間を軽快に走り抜けることがあった。



 本田が感嘆の声をあげた。
「ありゃただの70kmじゃねえぞ。市街地であれ以上の速度を出せる乗り物があるか?」

 運転席に座っている坂上が荷台のほうを見た。本田と善行に声をかける。
「どうします。追えませんよ?」

 善行は口の端を笑わせた。まったく、どこが戦車なんだか。兵器特性と運用計画を根本から見直す必要がありますね。
「このまま行かせましょう。あのペースをどれだけ維持できるか、見てみたい」

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 一方その頃。動物園へ向かうバスは、渋滞に巻き込まれていた。

「なんだこの渋滞は!」
「まあ、まてや」

 隣の席でわめく滝川を軽くいなして、中村は白い靴下を耳にあてていた。
誰にも分からない方法でチューニングする。

「ああ、どうやら、幻獣共生派がテロばおこしたごたるね」
「またかよ!」
 わめく滝川。

 一番窓側に座って、大事そうに大きなバスケットを抱えたののみは、ふぇぇと半分口をあけて中村を見ていた。 手をあげる。
「しつもんです。なんでくつしたをみみにあてますか?」

 中村はののみの純真な視線に融かされるように脱力した後、やめて、そんな目で俺ば見んといてーと言った。

「はぇ?」
 首をかしげるののみ。その頭に手を乗せて、席を立った瀬戸口は中村を笑った。
「一応お前さんにも人並みの羞恥心はあるんだな」

 中村はよがりながら言った。
「男の浪漫を潰しにかかるとは、いつも女のあぎゃん態度たい」
「おとこのろまんはね、くつしたをかおにつけるのかな」
 ののみが不思議そうにつぶやくと、バスケットが揺れた。
また融ける中村を笑って瀬戸口は席を立つ。

 そのまま、前方に向かってバスの中を歩いた。
一人離れて窓の外など見ている壬生屋を見て、軽くため息をつく。

 何も言わずに、壬生屋の隣に座った。
壬生屋はびっくりした顔で瀬戸口の顔を見た後、そっぽを向いた。
 身体が触れないように小さくなる。

「あのな、お前さん。大人げないぞ」
「だ、誰が大人げないですかっ」

 壬生屋が反射的に顔を向けると、至近に瀬戸口の顔があった。瀬戸口は自らの紫の瞳で、壬生屋の瞳を見ている。
「俺の隣に座っている奴」

壬生屋は顔を引いた。
「ど、どこがですか」
「あのことで俺に恨みがあるなら、どこでだってはらせるだろう。俺を呼び付けてやればいいんだ。 あんな小さい子の前であえてやる必要はない。そうだろ?」

 壬生屋は瀬戸口に自分の息があたらないように自分の口に手をあてた。
顔を紅くして瀬戸口の整った顔を見る。

「あ、あのことは関係ありません」
「じゃあ、なんだ?」
 まさか理由も分からず傷ついたからだとは言えず、壬生屋は、黙った。
瀬戸口は、視線をそらす。

「……俺を痛めつけるななんて、言ってない。ただあの子の前ではやめてくれ。あの子が恐がる」
 その言い方に、壬生屋は腹を立てた。
「……そんなに、東原さんにいい格好したいんですか」
「ああ、当然だろ?」

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「ねえねえへーちゃん」
「あ?」
 ののみは、滝川に話し掛けた。
顔をあげる滝川。

「あれ」
「あ、え? お?」

中村が立ち上がった。
「おい、見なっせ! 芝村と速水ばい」
「おお!」

 肩をデイグロウオレンジに塗られた士魂号複座型が、軽々とバスを追いぬいて行った。

窓一杯に広がる巨大な士魂号の姿と、窓が震えるほどの風。
 滝川は窓ガラスに手をあてて、見とれた。自分もあれに乗れたらと思う。

中村が腕を組んで笑った。
「格好よかねえ」

 瀬戸口は皮肉そうに笑った。
「は、無愛想な奴だ。挨拶もなしか」
 壬生屋は遠くなる士魂号の後ろ姿を見ながら口を開く。
「気付けなかっただけですよ。あの感じだと全感覚投入しているはずですから」
 瀬戸口は、目を伏せると、そのまま口を開いた。
「……それくらい、俺でも分かるさ」
「じゃあ、なぜ」
「さてね。なんとなくさ」

 瀬戸口は席を立った。髪を掻きあげる。
そして壬生屋に顔を寄せた。

「その格好、似合ってる」

 そして手をひらひらさせると、壬生屋の顔が真っ赤になるのも見ずに中村や滝川の元に戻っていった。

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 ののみは、バスケットを大事そうになでながら、通り過ぎて行った士魂号を頭の中に思い描いた。 ののみは、細部の細部まで鮮やかに士魂号を思い出すことができた。
 いいんちょはあれをぶかっこうだと言っていたが、ののみには、そういう風には見えない。

 バスケットを見ながら、小さく口ずさむ。
「おおきいねえ、おおきいねえ。そしてはやいの」

「あれにはまいちゃんがのってるのよ。なにもひつようとしないでひとをたすけるの」

バスケットが、揺れた。

 いつのまにか、瀬戸口が戻ってきていた。

「猫、持ってきたのか」
「うん。えっとね、ひとりでがっこうだとね、さびしいのよ」

 瀬戸口は猫が嫌いであったが、表情は出さなかった。怪我に良くないような気もするが、そちらはあまり 気にしないことにする。

「そうか。ののみは偉いなあ」
「ほんとう? ……えへへへ、うれしいな」