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 ブータが夢にうなされている、一方その頃。

「おーい」
「お待ちください」

 だらしなく私服を着る準竜師と、あからさまに服を着る事に慣れていない水かきのついた少女を世話しながら、 副官、ウイチタ更紗は手早く弁当を作り、休日もへったくれもない業務報告に目を通し、ついでにエプロンを取って ワンピース姿になった。

 水かきのついた少女、琴乃と下手な絵を描いて遊んでいた準竜師は顔をあげる。
琴乃は怒った顔の更紗を描いていた。苦笑する準竜師。

「そろそろ動物園にでも行くか」
「もう少しで参ります」

 準竜師が言うのは勝手だが、実際にスケジュールを捻出するのは副官である。

「そうか」
「そうです」

 琴乃を立たせる準竜師を見る更紗の表情をどう思ったか、休みの日にはどうにも冴えない顔をした準竜師は 頭をかくと口を開いた。

「手でも繋いでいくか?」
「な、何をおっしゃっているんですか」
「いや、昔を思い出してな」
「昔に一度でもそんなことがあったなんて、記憶はありません」
「そうか?」
「第一、あの日貴方が手を繋いでいたのは生徒会長でしょう」
「……しっかり記憶にあるじゃないか。何度も言うが、あれは案内をしていただけだ」
「嬉しそうでしたが」
「その後お前の手を引いて歩いたろう」
「……あんなものが、数に入ると思ったら大間違いです」
「数は数だろう」

 にらむ更紗。明後日の方向を見る準竜師。

「まあ、そういうのは置いてな。いくぞ」
「分かりました」

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 善行達や中村以下の面々が動物園に到着する頃には、士魂号は子供に囲まれていた。
パイロット二名は機体を駐機状態にして、野次馬の上に降りることも出来ず、後部胴体の上に乗って善行達を待っていた。

 軽トラックから降りて、善行は頭をかいた。
「しまった。野次馬のことはあまり考えてませんでした」
「子供はああいうの好きそうだからな」
 本田が、笑った。

その後ろを、憔悴しきった顔の男が動物園に向かって走っていく。


 一方本田の笑い声を遠くに聞きながら、速水は機体の上から小さな子供達に微笑んで手を振っていた。
その隣で、男らしくあぐらをかいてむずかしい顔をしている舞。

 速水は、舞を見て笑ったまま言った。
「もう少し笑ったほうが良くない?」
「なぜだ」
「喜ばれるよ」
「私は見世物ではない」
「人気者とどれくらい違うのかな」

足元に中村が来ていた。笑いながら速水達に声をかける。
「人気あるねえ!」
「はやく野次馬を去らせるがいい。これでは作業を手伝えぬ」
「もう少しまちなっせ。休園セレモニーから帰る人達だけん。もう少ししたら帰らすて」
舞は難しい顔をしてあぐらをかいたまま、後ろに倒れた。
あわてて支える速水。

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 30分もすると人はほとんどいなくなり、士魂号は再び動かせる状態になった。
情報連結し、テレメーターから士魂号のモニタリング情報を見る善行は、少々眉毛をあげる。
「故障個所なしです」

 横から覗き見る本田。
「完動だな」
完動を感動のイントネーションで本田は言った。
「整備が良ければ、結構いけるんじゃないか? こいつは最初期型だろ? 坂上先生」

「試作機ですね。仮制式後、プロダクションモデル(量産型)と同じ仕様に改造されてます。手が単純化されていないのと、 ハッチが小さいこと以外は同じです。累計稼働時間は換算4000時間を超えてますから、かなりのおんぼろでしょう」
「さすが歩く作業日報」
「どういう意味でしょうか」
「いやいや。まあ、そういうわけで善行よ、結構期待できるぞ」

 善行は眼鏡を指でおした。いつもの怒りを隠す仕草ではなく、服を着替えるうちにずれてきていたのである。  善行は白いスラックスに薄い紫のYシャツ、紺色のベストという姿になっていた。首には青いペンダントをかける。
「それでも整備員を大量に使う、部隊泣かせの機体には違いないでしょうね」
「悲観的な奴だな。戦車としては使えねえかもしれないが、高機動兵器としては使える目が出てきたぞ」
「そうですね……残念ながら、まだ戦車の要件を満たしていない」
「出来損ないからヘリみたいな使い方になっただけマシだ」
「突撃砲といいます。昔はそう言ったんですよ。いきましょう」


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善行が歩いてくると、滝川は大げさに目をむいた。

「わー、委員長、なんですかその格好は」
「私だって好きであの格好をしているわけではありませんよ」

 善行は笑った。

「今日は休日ですからね。それと」

 善行は手を振った。
居残っていた野次馬の方から二人が歩いてくる。

 一人は筋骨隆々の大男。歩き方から一見して軍人か元軍人。片腕であった。一部を金色に染めて、大きな犬のような 印象を与える人物だった。

 もう一人は、うつむいている少女だった。暗い色のドレスを着て、髪に小さなリボンをたくさんつけている。

「紹介しますよ。こちらが私の家令で、若宮康光」
「忠孝様がいつもお世話になっております」
「こちらが友人の、石津萌さん」
 萌と呼ばれた少女は、若宮の影に隠れて、小さくうなずいた。挨拶のつもりのようだった。

 善行が友人として女性を紹介した瞬間、クラスメイトは全員が踊った。
正確にはののみはなんでみんな騒ぐのだろうと周囲を見まわし、舞は表情を変えておらず、速水はその表情を見て 善行と舞の仲を考えて、また気を落していたが、それ以外は善行の知られざる一面を垣間見たかのように、 口をあけて変なポーズをとっていた。

 善行は眼鏡を指で押した。

「言葉通りの意味ですよ。残念ですが」
「残念と言うことはその気はあっとですね!」

 善行は中村を見た。直立不動になる中村。失礼しました! と叫ぶ。
「貴方がたにとって残念というだけです。今日は、友人が動物好きなのを思い出して招待しただけです」
「でも委員長。今日はボランティアですよ」
「それでも動物を見れる最後の機会になりそうですからね。さあみんな、今日一日がんばりましょう。 後は中村君、仕切ってください」