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「それじゃあ、さっき動物園の人達と話したけんが、それにそって手伝うばーい。まずののみちゃんは見まわり」
「はい。みっちゃん。しつもんしていいですか」
「よかばい」
「みまわりしてどーするんですか?」
「時々皆に、こういうのがあったと話してはいよ。すると、みんな喜ぶけん」
「はぇ? そーなの?」
「ああ、そうそう。がんばってね」
「はい」
 中村は瀬戸口にウインクすると、他の持ちまわりを言いはじめた。滝川、お前ライオン担当。 飼育係のおじいさんついとるばってん、下手に手出して食われるなよ。

 舞はそのやり取りを見ながら、どうも今朝から速水が変だと思っていた。
「どうした、速水?」
「あ、ううん。いや、さっき、浮かない顔してたね。芝村は」
 舞は、それはそなたのことだろうと思ったが、一応質問に答えることにした。

「私はいつも同じだと思うぞ。姉だが妹のような者にも、鉄仮面と言われたことがある」
「そうなの?」
「そうだ。身体の調子でも悪いのか?」
「そんなことないよ」
 速水は、あいまいに笑ってごまかすことにした。
好かれているかも知れないと喜んだことは、もう一生思い出さないようにしようと思う。
「僕は大丈夫」
「嘘をつく必要はないぞ。ウォードレスを脱げ、検診してやる」
「い、いいよっ」

「おーい。お楽しみのところ悪かばってん。芝村と速水は、士魂号で大型動物を運ぶの手伝ってはいよ。 ゲージがたりんとたい」
「分かった。お楽しみとはなんだ?」
「時代劇であっど。お代官様、おたわむれを。いいではないか、げへへへ。あーれー」
「そなたも調子が悪そうだな」
「は? ……ああ、いや、すまん。真面目だったんね」
「私は冗談と洒落が嫌いだ」
「なるほど。じゃあ、たのむばい」
「分かった」
「じゃあ、これでぜんぶ聞いたね。解散するばーい。みんなの弁当は俺が用意しとるけん。昼になったら配るばい」

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 瀬戸口の担当は速水達の隣のエリアだった。ちゃんと俺の任務に配慮しているようじゃないか。さすが、 やるやるなどと思う瀬戸口。
 が、しかしその笑顔が、隣の声で凍った。

「破廉恥です。委員長があんな人だとは思いませんでした」
「いや、それはうがちすぎだろ」

 瀬戸口と壬生屋は並んで歩いていた。
正確には壬生屋が一歩下がろうとすると瀬戸口も歩く速度を落とすので、壬生屋にしてはどうにも並ぶしかなかったのである。
 壬生屋は女性が一歩下がって殿方についてくるのが美徳と思うのだが、瀬戸口はどうやら違うことを考えているようだった。

 顔をいつも見られているようで、火照る。下を見て、いつもより饒舌な壬生屋。



 瀬戸口は瀬戸口で、なんで不規則に速度を下げたりするのだろうか、この女は、などと思っている。
 瀬戸口の場合、壬生屋といると、どうも調子が狂うのであった。
しかもなにを考えているか読めない。時々あまりにも子供っぽいので、腹が立つ時もある。 芝村一族に対して抱くのとは違う反発。まったく世の中には嫌なものが多い。

 中村め、気をつかったのかも知れないが、これでは逆効果だろうが。
瀬戸口はため息をついて善行ならぬあの少女を弁護することにした。

「俺は、ただの友達だと思うぜ」
「服を着替えて迎えるような相手が、ですか」
「彼女が隠れたのはあの大男の影だろ。付き合ってるなら善行の陰に隠れるって」
「……それは……そうですね」
「だろ?」
「良く見ていらっしゃるんですね」
「女性のことだからな。特に孤独な女性は、こっちが気をつけてやらないと」
 壬生屋はこの不埒者めと内心思ったが、瀬戸口の表情を見て考えを改めた。
そう言う瀬戸口が寂しそうに見えたからである。

その表情は、卑怯です。
 壬生屋は顔を赤らめてそう思った。
寂しそうな顔をしてみせたり、皮肉そうに見えたり、優しかったり、厳しかったり。この人物の行動は先が読めない。



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 壬生屋と瀬戸口が二人してお互いを読めないと思う一方その頃。
速水と舞は士魂号を駈ってキリン達の輸送を手伝っていた。
 とはいえ、キリンが暴走した時、それをとめるというだけであるから、普段は立っているだけである。

 余り背が高いとキリンが怯えるという理由で、士魂号はしゃがんで控えていた。

 キリンが首をならべて歩いている。ああ、舌が長いなあ。
前席の視察窓を開けて速水は動物をまじまじと見ていた。
 動物園などと言うところにははじめて来た気がするから、珍しいのだった。

 速水はキリンが黄色と茶色で出来ていることをはじめて知った。首が長いことは知っていたけれど。
 動物はいいな。速水は思った。オスとメスで仲良さそうだった。
目を一度つぶって、思考を切りかえる。

「後席にはクラッぺないよね。替わろうか?」
「いい。私は……動物なんか見えないほうがいいのだ」
「動物、嫌いなの?」
「……そういう言い方は、卑怯だ」
「?」
 速水がどうにしかして後席を見ようと努力していると、後席から舞の声がした。
「……嫌っているのは私のほうではない。動物だ」
「そんなことさすがに……」
「それより、身体の調子はいいのか」
 話題を断ち切るように舞は言った。速水は別の意味で慌てる。
「大丈夫だよ。検診なんかいらない」
「そう言うのが危ないのだ。昼にでも診てやろう」
 もし身体を見られて、芝村の表情が変わったり、変わってるななどと言ったら。そう想像しただけで速水は恐かった。

「そ、それより委員長の友達って、あ、いや、家令ってなんだろうね」
「友人は友人だろう。家令というのは執事のことだな。家のことを取り仕切る私的な部下だ」

 思いもかけず速水の本音が出た質問の方に、舞は答えた。速水は、心がざわめくのを抑えながら、目で遠くの動物を追った。 あれはライオンの檻に行こうとする滝川だろうか。ライオンに食べられなきゃいいけど。
「……ゆ、友人って委員長と、芝村みたいな関係だよね」
「我らと善行は上司と部下の関係だ。いずれ我らが実戦に投入されれば、死ねと命令する側と命令される側になる。 友人と思うのはやめたほうがいい」
「ほんと?」
「なぜそこで元気になる」
「あ、いや、あの……ライオンが見えたから」

 舞は顔を赤らめた
「ライオン……大きな猫か」
「あ、うん、たぶん」
「見えているのだろう?」
「あー、その、遠いから。良く分からない」
 実際はまったく見えていないのだが、速水はそう言った。

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 滝川は美人を連れた妙に太った人物の隣を通り、鼻の頭の怪我跡を指でなぞった。
変な親子連れだと思う。

 視線と意識が別のところに流れる。
知った人物がペンギンを見ていた。滝川は、声をかけた。

「先生、坂上先生」
「ああ。ライオンとはあえましたか。滝川君」
「はいっ。でかくて強そうでした」
「それは良かった。それで今は?」
「ちょっと早めの休憩です。それで俺、ペンギン見ようと思って」
「さきほどののみさんが来ていましたよ。嬉しそうでした」
「へえ……」

 滝川も、嬉しそうにペンギンを見た。
坂上は口の端だけを笑わせる。
 滝川はペンギンが列を作って歩くのを眺めながら、口を開いた。

「あのライオン、どこにいくんですか」
「薬殺は免れたみたいですよ。どこが引き取るのかまでは知りませんけど」
「俺、いつか、もう一度見てみたいです」
「……見れますよ」

 戦争が終わった後のことは考えるのはいいことだ。
坂上は思った。誰でも夢を見る権利はある。生きたいとも思うようになる。
この子にはなにより必要だろう。他の将兵と同じように。