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 準竜師は、ものめずらしそうに周囲を見る琴乃の手を引いて動物園の中を歩いていた。
今度は失敗しないように、反対の手で副官の手を握った。彼は学習するタイプなのだった。
鼻の頭を怪我しているゴーグルの少年とすれ違う。



 あれが白熊なんだが……ああ、もう移送されていたか。
そうだ、アカキノボリカンガルーでも見よう。

 準竜師は、そう言って、目をさまよわせた。
案内板を見るつもりで、士魂号を探していた。

 琴乃が暴れる。何が気に食わないのか。
そして準竜師は、水槽で飾られていたこの娘と、動物園と、どこが違うのかと思いたって嫌な気分になった。

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 準竜師の目にとまるように掲示板にピンで靴下を止めた中村は、自分の背中をつつく指に気づいて振りかえった。

 中村は振り返った。誰もいない。下を見て、笑った。
ののみがいたのだった。

「どぎゃんね。ののみちゃん」
「うん。えっとね、ぺんぎんさんをみました」
「そうか。どうだったね」
「うんとね、えっとね。寒いところにいけるからやれやれだって。あとね、おまえもたいへんだなだって」

 中村はののみの豊かな想像力に微笑んだ。
この子は小説家になるかもしれんねえと思う。

「そうか。またえらくサラリーマンのごたるペンギンねえ」
「でもね、あいさつしてもらったのよ。あとね、いそいでにげたほうがねー、いいんだって。どこににげるのかな?」
「どこかねえ」

 ののみは、嬉しそうに笑った。
釣られて笑う中村。

「えへへ。ののみのおはなしをきいてくれるのはうれしいな」
「おもしろか話をきかん奴のほうがおかしかったい」
「あとね、あとね。かばさんがぁ、くつしたをしていたのよ」
 中村の手が、とまった。

「そ、それはまたあれねえ」
「うん。みぎあしにしてたのよ。うしろのほう」
「あいたっ」

 中村は股間に両手をあててうずくまった。

「ふえ?」
「ごめん、俺、ちょっと調子悪くなった。急用でちょっと出かけてくる」
「????」
 ののみは顔を斜めに傾けた。みっちゃんのしゃべりかたがふつーになったと思ったが、それ以上の事はわからなかった。
 中村は股間を押さえたまま、そろそろと動いた。

「じゃ、そういうことで、こんどは委員長のところへGOだ。さっきのば話してやると喜ぶよ。きっと」
「うん。じゃない。はい」

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 時は、少し戻る。
バスケットから出してもらって、ブータはののみに抱っこされて、園内を動き回っていた。
 この少女ときたらブータの重さに一苦労しているにも関わらず、絶対にブータを離さないようにしていたのであった。
 ブータは汗をかきながら歩くののみを愚かな娘だと思ったが、嫌いではなかった。
目を伏せる。

その隣を、憔悴した男が走っていく。疲れているようだった。

誰もかれも疲れている。ブータはそう思う。
 ののみが、そんなブータをはげますように声をあげた。
「あー、ぺんぎんさんだ。えへへへ。ぺんぎんさんは黒と白だねえ」
 小さい時は灰色だ。ブータはそう思った。

抱きかかえられたまま、柵に近づいた。ブータにもペンギンが見える。
 ののみは隣にいたパンチパーマの男と話しているようだった。

ブータは口の端を笑わせた後、声をあげる。

「聞こえるか、ペンギンよ」
「大猫か。珍しいな。どうした、長生きしすぎて動物園行きか」

 ニヒルにペンギンは笑って、煮干を葉巻のようにくわえた。
七匹並んで羽をばたばたさせる。

ブータは長く息を吐いた。
「嬉しそうだな」
「やれやれさ。これで寒いところに行ける。……お前も大変だな」
「全ては火の国の宝剣のままに」
「どうして俺たちに話しかけた?」
「わしにもわからんよ」

 ブータは髭を風に揺らした。
ペンギンも頭の上の毛を揺らした。くちばしの端を笑わせて、背を向ける。

「ガンコな老いぼれだぜ、なあ兄弟。俺に味方になれって言うんじゃなかったのか」
ペンギンは七匹並んで羽をばたばたさせた。

「わしにそれを言う資格はない。猫神族ですら全部は参戦していないのだ」
「そうか、じゃあ人間は終わりだな」
「そして善き神々もな」

ペンギンはくちばしを開いた。

「ざまあみろだ。でも、挨拶ぐらいはいいかもな。あばよ。猫」
「さらばだ。ペンギンよ」

 ののみとブータは、その場を離れようとした。
ペンギンが一匹、柵までよたよた走ってくる。柵に翼をかけた。

「……まてよ。老いぼれ。思い出したことがある。二つだ。俺たちのごつい兄弟がパリから戻ってくるはずだ。 あいつはバカだから、お前の味方するぜ。十煮干賭けてもいい」
「……そうか。奴は、ハードボイルドペンギンはまだ生きていたのか。……ありがとう」
「もう一つだ。急いで逃げろ。いいか。老いぼれ。今すぐだ。その親切で頭の悪い娘くらい助けてやれよ」

 ブータは目を伏せた。そのまま運ばれて行く。ペンギンは叫んだ。
「人間の時代は終わる。だが、俺だって人間全部が死んでいいとは思ってない」

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時と場所は、猫の目のようにまた移ろう。

 準竜師は首に巻いたナプキンを取って、隣を見た。
「うまいか?」
 言葉はまだ分からないようだったが、琴乃はうなずいた。今まで食事をしていたのである。
微笑む準竜師。こうしてみるとなんだか更紗の若い頃を思い出す。
 準竜師は口を開いた。
「昔から更紗のおにぎりは、うまかった」
「誰のでも何でもよく食べていたくせに」
 副官であるウイチタ・更紗は、つぶやいた。
準竜師は頭をかいた。
「今日はやけにつっかかるな」
「休日ですから」
「なるほど。ちなみに今日手を繋いだのは数に入る?」
「……今日が終わった後で判定します」
 不思議そうに準竜師と更紗の交互を見る琴乃。

準竜師は琴乃の頭の上に手を置いたあと、立ちあがった。むくれているワンピース姿の更紗の腕を掴んで、立たせる。

「誰かに見られますよ」
「俺とそなたの関係を知らん奴もおらんだろう」
「貴方と生徒会長のように。そうですね、そうかもしれません」
「あのな……あの、更紗さん?」
「今日は怒らないようにしてます」

 準竜師は芝村一族として非常に珍しいことに上を見た。
空に穴は開いていないかと思ったのだった。開いてなかった。あたりまえだが。
 しぶしぶ現実に戻った準竜師は、更紗に言った。

「お前が一番だ」
 更紗は縦巻きロールの髪で表情はうかがえない。ただ、顔が赤くなったのは分かった。
「嘘ばっかり」
「俺は嘘をすかん」
「冗談はどうなんですか」
「大好きだ」

 ぶたれる準竜師。