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 一方その頃、休憩所のベンチ。

 耳の奥に何かの音がしたのか、副官ウイチタ更紗は縦巻きロールの髪を揺らして顔をあげた。

「……結局そうなるのよね」

 そして皮肉そうに言った。

「嫌な男の臭いがするわ。私からあの人を奪う、アドレナリンの匂い」

 目をぱちくりする琴乃の頭に優しく触れて、ウイチタ更紗は自らを包むワンピースを掴んだ。天に放り投げる。

その下から純白の制服が現われた。
 手には無線機が握られている。
顔を伏せたままの更紗。無線機を横顔にあてる。

 短い砂嵐の音の次に、クリアな音声が流れてくる。
「こちら風紀委員会」

 顔を伏せたまま、更紗は形の整った唇を動かした。
「目標発見。敵、世界ハンター協会隷下、ソックスハンター。攻撃を命令する」
「了解した。オーヴァー」

 更紗が顔をあげる。鬼もかくやという表情。
すぐ隣の繁みから、次々と腕章とバズーカを持った女子高生が現われた。
「今日は休みではなかったんですか、委員長」
「我々に休みがあると思って?」
「いえ、そう思っていました」「委員長についていきます」「どうせ暇ですし」

 更紗は腰の軍用拳銃を引き抜くと、初弾を装填した。
「いくわよ! 今日という今日はあの下らないお遊びを終らせてやるわ」
「はいっ」

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 シーンは戻る。

 中村は飛んだ。
そして岩田も飛んだ。

 中村は鉄柵を蹴ってさらに高みに跳ね上がると、赤い靴下を黄金に輝かせながら叫び声をあげた。

 岩田は下から突き上げるように蹴り上げた。跳ね上げた脚が額につくほどの驚くべき柔軟性を発揮する。 その跳ね上げた足の先には赤い靴下が装備されていた。銀に輝く。

 金と銀の激突。

 光が奔流になり、二人の男の顔が、至福に包まれる。そしてお互いの顔に、赤い靴下が当てられた。 強烈な匂いにもんどりうって落下する二人。着水音。骨の折れる音。

 波紋が消えると、そこには二つの立ち上る泡だけが残っていた。
沈黙の2分間。

 2分1秒目、水面が、割れた。
 池の魚をくわえたまま、中村が出てきた。ついで岩田も出てくる。岩田はアイシャドウが落ちても はやどこが顔だかぐちゃぐちゃである。二人は再び対峙する。

「その匂いのきつさ。洋ものだな」
「そっちも、ですね。ククク」
「裏マーケットの親父め、同じ物を売りつけたな」

銃声。
 岩田と中村が同時にあさってを見た。

「そこまでよ。変態ども。逮捕します」
 視線の先には煙の上がる拳銃を持った女がいた。
副官、ウイチタ更紗。純白の制服を着た悲しい女。

 中村と岩田が同時にセクシーポーズを取った。
「はやいですねぇ。フフフ」
「Bめ、裏切ったか?」

 更紗の口紅を乗せた唇がおぞましく動いた。
「裏切ったくらいで許されるか!あの生身の女より靴下がいいなんて言う糞オタク! 今度という今度は、 木にしばりつけて、やすりがけして指先から削り殺してやる!」

「なんだ、結局いつもの痴話喧嘩か」
「フフフ、逆ギレですネ!」
「いや、とばっちりだろ」

 拳銃が撃たれた。
にげまどう二人。

「逃げると間違って心臓を撃ち抜かれるわよ」
 撃ちながら歩く更紗。

「嘘だ、よけなければ死んでるぞ!」
「私は眉間を狙ってるの……いけ」

 最後の一言は、部下に対して言った台詞だった。
繁みの中から次々と腕章とバズーカを持った女子高生が現われる。
「あなた方は我々風紀委員に包囲されました! 靴下を置いて降伏してください」

 中村は岩田と背中あわせになった。
「絶対絶命という奴か?」 中村。
「フフフ、それがエクスタシーと言うものですよ」 岩田。

 二人の男は、同時にセクシーポーズを取った。
股間に手を入れる。
 下がる風紀委員達。

「ええい!なんで下がる!」
「だってあの人達本物っポイですよ!」
「本物よ。掛け値なしの本物変態」

 涙目になった女子高生達は三歩下がった。

「フフフ、いいですね。逃げる靴下。最高です!イィ! スゴクイィィィィ!」
 下がる女子高生を追いかける岩田。逃げ出す女子高生。それを追いかける岩田をさらに銃撃しながら追いかける更紗。
 中村はとりあえず相手がいないので、一人でセクシーポーズを取ってみた。

 不発だった。

 中村は両手に靴下を握ると、俺が主人公の回にオマエら目立つなと叫びながら、女子高生を追いかける岩田を 追いかける更紗を追いかけた。

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 一方その頃。

 その日の仕事を全部終えた準竜師が、両手に余るポップコーンを抱えて戻ってくると、まばたきをした。 ワンピースを大事そうに抱えた琴乃を見たのである。

「更紗はいないのか?」

 そして琴乃の頭をなでた。

「まったくそなた一人を置いていくとは困ったものだな。ジュースでも買ってくるつもりか」

琴乃は喉を鳴らした。抗議の声をあげているのだった。
 髪をかきあげる準竜師。琴乃の隣に座る。

「……そう怒るな。……まったく、女と言う女は皆、更紗の味方をする。たまには俺の味方はおらんのか」

 琴乃は頬を膨らませた。鰓も少し膨らんだ。

 準竜師はポップコーンをほおばると、琴乃より頬を膨らませてみせて、琴乃を笑わせた。
準竜師も目尻だけを笑わせる。

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 シーンは戻る。

 銃が当たらないと見るや、更紗はグレネードランチャーに持ち替えて撃ち始めた。
弾の当たらない戦争はエスカレートするという歴史の教訓を地で行く展開である。

 白煙を噴きながら次々とグレネードが射ちこまれ、爆風と破片が次々と大地と建物を傷つける。

 二人のソックスハンターは悪夢から抜け出たピエロのような凶々しさでそれを避けきってみせた。 爆風を背中に受けて吹き飛ばされ、それを推力にして池を越えてみせる。
走って逃走を開始した。

「死ね! ソックス!」

「フフフ、逆ギレの上とばっちりですね」
「だから痴話喧嘩だって。本人不在だけどな」

 更紗は、瞳を怒りに輝かせた。
「生身の女も愛せない奴が! 変態が!」

「女は好きだぜ。靴下はもっと好きだがな」
「フフフ、ソックスハンターに取って人間は、いい靴下をつくるための材料にしかすぎません。 フフフフ……ハーッハッハッハ、イィ! 靴下スゴクイィ!」

 更紗は肩撃ちミサイルを取り出した。
間髪入れずに発射する。爆発。火の海になる一帯。

 この爆発は遠くまで見えた。善行と、幻獣共生派が同時に敵の攻撃だと思った爆発がそれだった。

 更紗はロールした髪を振り乱すと、ミサイルランチャーを投げ捨てて細身の軍刀を抜刀した。
そのまま、跳躍する。白刃にきらめく炎と怒り。瞬間最大速度180km/hは出た。

「死ねえ!ソックス!」
 振りかぶった。炎すら一刀両断する斬り。剣圧で周囲の木々が右に左に揺れる。
岩田は軟体動物のような動きで避けきった。悪魔的な笑い。
更紗も笑った。そのまま返し刃で岩田の後頭部に一撃を加える。

 否、間一髪でその打撃は中村が受け止めていた。
手には装甲靴下。可憐装備のウォードレス兵が装備するものだった。半ばまで刃が装甲にめり込んでいたが、切断は免れる。

 更紗の瞳が揺らめいた。
「お前達はいつもそう。仲が悪い振りをしておきながら、付け入る隙もない」
「誤解だ。殺すなら奴のコレクションの場所を聞いてからにしろ。そこから先なら誰もとめない」
 中村はそう言った。

「…出来るなら、私だって男に生まれたかった。男としてあの人の隣に!」
 更紗は聞いてない。

 普通の人間ならなんであんなトカゲ顔がこんな美人に好かれるのだと発作的に自殺したくなる状況。しかし、 ソックスハンターの反応は違った。
「フフフ、男でも駄目です。靴下を愛さなければ、我々の仲間にはなれません」
「靴下以外に好かれるのは厄介そうねえ」

 更紗は縦巻きロールを揺らして斬撃を放った。
「ええい! 黙れ!」
「黙っても殺すくせに!」
「断末魔の声だけを聞かせて欲しいのよ」

 連続斬撃。岩田の服が、破れた。
半裸になりながら踊る岩田。頬に傷を受け、血の筋を流した。

「本気ですね!」
「変態に死を!」

 中村と岩田は叫んだ。
「我らに自由を!」

 そして次の瞬間逆襲に移った。両手に靴下を持った岩田の攻撃をかわした瞬間、中村が低空を飛んで 赤い靴下を投げつけたのだった。
更紗は避ける。鼻先を通過しただけで頭がくらくらして吐き気が込み上げる匂いがした。

 次の攻撃が来ると更紗はガードしながら一瞬目をつぶった。来ない。

 振り向く。

 二人のソックスハンターは既に逃走していた。
ソックスハンターは、風紀委員を倒すのが目的ではないのだった。
ソックスハンターの目的は。

「ソックス! ソックス!イィ! スゴクイィ!」
「靴下! 靴下!」

 中村と岩田は口々に靴下を賛美して走った。

 更紗は歯噛みして無線機のスイッチを入れる。
「こちら建軍基地」
「弾道ミサイルだせ」