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「これで終ると思うか、バット」
「フフフ、いいえ、あと一ラウンドはあるでしょう」
「ああ」

後方から空気をつんざく音。ミサイルだろうか。
 中村の目が、細くなる。

 目の前の道を知り合いが通っていたのだった、。

 大猫を抱いたののみが、小走りで走っていた。

 時が止まる一瞬。

舌打ちをした中村は股間から靴下を取り出すと、伝説の一年靴下を嗅いだ。
 首を上下に震わせ、鼻血を出しながらさらに速度アップする。素人には害毒でしかないその匂いを、 一流のソックスハンターは力とすることが出来た。

 そして飛んだ。空中でののみをキャッチし、八回転して着地する。
爆発。中村は自らの身体を盾にして、ののみに爆風が及ぶのを防いだ。
 背中にいくつもの破片が刺さる。痛みの中で白い歯を見せて笑う中村。

 ののみがびっくりした顔で中村を見た瞬間、中村は善行の靴下をののみにつきつけた。
倒れるののみ。1週間物だから、5分もすれば目覚めるはずだった。
 目が覚めれば、あとは普段通り。全ては目の錯覚。

 気を失ったののみを抱いて、中村はつぶやいた。
「子供が知らないでもいい世界がある」

 岩田が飛んで来た。軟体動物の動きで、続く爆発を避けながら走ってくる。
「フフフ、その通り。我々は歴史ぃの影、ああぅ、シャドウ車道! フフフ」
「この子を助けたい。協力しろ」
「フフフ……素人を巻き込まないことに、何のメリットがあるんです? 殺せばいいじゃないですか、 そんな匂いのしない靴下を履いた子供など」
 中村は、岩田を静かな瞳で見た。
視線を受けて岩田は、ねっとりとした狂気に彩られた瞳を、少しだけ和らげた。
「……フッ。アナタもBのように、寿命のようですね。ソックスハンターが靴下だけで全てを判断しなくなるとき、 我々は死ぬ。ククク。それはいい。はやく死になさい。バトラー。そこから先は私の時間です」
「今の靴下で人を判断するものじゃない。未来の靴下で人を見ろ」
「詭弁ですよ。貴方はハンターとして、純粋じゃない。純粋でない者は死ぬべきだ。死ね! バトラー!  醜くなるその前に!」
「純粋であるということは、汚れていないと言うことだ。俺達の美しい趣味を、愛を素人の血で汚すのか? バット」
 中村は一度そこで言葉を切り、口を開いた。

「俺達には誇りがある。ハンターとしての。貴様の誇りはどこだ、バット。それともどこかで無くしてしまったか。……俺達は、 靴下以外は何も奪わないゆえに誇り高いんじゃないのか? たとえ万金が積まれていても! その隣にある靴下を選ぶ!  それがソックスハンターだ!」
地面を叩く中村。顔を岩田に近づける。
「違うか?」

 岩田はひるんだ表情で黙った後、長い青い舌を見せながら叫んだ。
「フフフ、いいでしょぅぅぅ! 貴方のその口車に、乗ってあげますヨ!」
「礼は言わない」
「フフフ、貴方などに!言われたくはありません」

 岩田はすれちがいながら、蛇のような長い手を中村の肩にあてた。

「はやくその汚い女を安全なところにやりなさい。私が靴下を狩るついでに、時間を稼いであげましょう」
「そうするさ」

そして中村と岩田は、同時に飛んだ。次の弾道ミサイルが飛んで来たのだった。

更紗に突撃する岩田に手信号を送り、再度飛ぶ中村。
 ののみを安全な場所に置くと、中村はののみの横顔に話しかけた。

「ここは俺達ピエロの舞台だ。お客さんが舞台にあがっちゃ困る。……ここは、トラも出れば炎も出る。 ナイフも投げれば空も飛ぶ。そんなところだ」

 背中に刺さった破片を引き抜き、投げ捨てる中村。背中で猫が鳴いた声を無視して、ブータの額を揉んで中村は口を開いた。
「守ってやってくれよ。俺は守ってやれないんだ。俺はソックスハンター。誰にも見えないし理解もされない、夜の影だから」

 そして靴下を握って飛んだ。豚だから飛んでいるわけではない。あしからず。

 中村は爆風を両手を交差させて防ぐと、炎の中に着地した。
炎の中でゆっくり立ち上がる半裸の中村。ネクタイだけが揺れる。瞳が輝く。

「立て、バット。……第2ラウンドだ」
「……フフフ、イィでしょう」

 岩田は爪先だけを使って寝ている状態から立ち上がった。爆風になぎたおされて倒れていたのだった。 セクシーポーズを取る。
 合わせてセクシーポーズを取る中村。右と左に掛け値なしの本物変態がセクシーポージングする。
 二人で同時に向き合い、同時に右手を伸ばし。手をつなぐ。同時に炎の向うを見た。

 炎の中には女がいる。靴下に情人を取られた、復讐の鬼が。更紗は無線機を投げ捨てると、巨大な火炎放射器を取り出した。 どう考えてもマジ殺モードである。
 過去のギャグアニメ・マンガ・小説作品1142本の集計でも銃弾に当たっても無事なギャグキャラも電気と炎には焼かれる (897/1142)からこれは危ない。

だが、しかし。
 それを怖れようともせず、対峙する岩田は左手から魔法のように薔薇の花を取り出すと、口にくわえた。
中村は薔薇の花がないので靴下をくわえた。

 二人合体のセクシーポーズ。
腰を激しくグラインドして更紗に近づいていく、

「ええい。この本物変態!」
 更紗は小さく炎が踊る銃口を向けた。目を細める。

 中村と岩田は同時に口を開いた。薔薇の花と靴下がくるくるまわりながら虚空に落ちていく。

「今だ! バットぉ!」
「フフフ、ソックスが二つで一組なのを忘れましたネ?」

 中村と岩田は左手を交差させた。お互いの股間に手を入れる。
目を大きく開いて涙目になる中村。冷静な表情の岩田。

「フフフ、どうしました?」
「いや、それ違う。……痛い」
「ああ、それは失礼」

 さも汚いものに触ったかのように、岩田は手を一旦出してひらひらさせた。再度中村の股間に手を突っ込む。

 二人は同時にお互いの股間から装甲靴下を出した。

「装甲で炎が防げるかぁ!」

 更紗は引き鉄を引いた。炎の奔流が二人のハンターを包む。

 否。

 更紗は上を向いた。重い装甲靴下を捨てて身軽になった二人のソックスハンターが手を繋いで空を跳ねている。

 そして二人で円を描きながら、色とりどりのいくつもの靴下を広げ、パラシュート代わりにして落下してくる 。悪夢のような光景。

 更紗は舌打ちして火炎放射器を上に向けた。引き鉄を引く。

「甘い」
「シュガー!」

 二人のハンターは空中で同時に靴下を穿き直した。
消防士が装備する耐火靴下。そのまま、くるくる廻ってドロップキックのポーズを取る。

「ハンター!」叫ぶ更紗。炎が中村と岩田を包んだ。

「その名前、極楽に行っても忘れるな」

 炎の中から靴下が現れる。否、足もついていた。そのまま、更紗の整った顔面に直撃、そのまま二人同時のソックスキックで 更紗を炎の中に叩き込むソックスハンター。

 髪と眉毛をちりちりに焼きながら、中村と岩田は立ち上がった。

「フフフ。丁度パーマをかけたかったところです!」
 長い舌を見せながら強がりを言う岩田。
中村はカツラを外すと、モヒカンに変えた。

 隣を見る岩田。モヒカンの中村は肩をすくめた。

「髪型が変わりましたね!」
「気のせいだ」
「なるほど」
 岩田は、視線をずらして燃え盛る炎を見た。フフフ、さよならですよ。家令更紗。
中村はカツラを外すと、七三分けに変えた。

 隣を見る岩田。七三分けの中村は肩をすくめた。
「それで、どうする?」
「また髪型が変わりましたね!」
「そういうことは気にしないのが俺達だろう」
「そうですね」
 岩田は一瞬横を向いた後ですぐ振り向いた。

「どうした?」
 七三分けの中村は言った。

 岩田は叫ぶ。
「アナタはギャグの心が分かってませんね! そこでオチをつけるところでしょう!」
「お前にだけは説教されたくないわ!」

 そして二人は同時に股間から靴下を引き出した。向かい合う両雄。
「フフフ、休戦終了ですネ! スバラシィィ!」
「やはり俺達は決してまじわらない二本の線か」

 もはやツッコミがいなくなったギャグの世界で、二人の変態が踊り出す。

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 そして中村と岩田は、笑いあった。暑苦しい笑顔だった。

「フフフ、いきますよ!!」
「このバトラー容赦せん!」

 ソックスハンターが走り出す。天上を翔けるように、軽やかに。

 二人は同時に手を出すと、お互いを靴下で攻撃した。
同時に飛び、回転して互いの攻撃をかわす。

 大手を振って二人のソックスハンターは走る、走る。走る。
そして同時に跳躍した。水飛沫をあげて着地する。カバのいる飼育エリアまで来たのだった。
 この動物園においてカバは、すり鉢上の大きな穴の下にいた。
そこが二人の決戦場になる。

「同じ趣味でなかったら、いや、言うまい、ソックスハンターでなければ出会うこともなかった」
「そうです。バトラー。我々は戦うのが定め」

 二人は同時に口を開いた。お互いに靴下をぶつけ合いながら。
「なぜならハンターが二人で靴下は一つ。生き残るのは自動的にただ一人」

 そして二人は拳を交差させた。拳には靴下が握られている。拳に破壊力があるのではない。靴下に破壊力があるのだった。

「それは臭いので有名な整備の原の靴下」
「そちらは伝説の一年靴下ですネ!」

「いい趣味だ」
「良いお手前ですネ!」

 二人はあまりの匂いに鼻血を出しながら笑った。再度拳を交差させ、ぶっ倒れる。あがる水柱。池が血の池になる。
 カバの場合水中でウンコするので、ウンコまみれの上に血まみれである。

最後の水浴びをしているカバは、迷惑そうに口をあけた。否、靴下の臭いにまいっているのであった。 鼻は潜水するときのように閉じている。カバは口で息をしていた。

カバ以下、否、カバよりソックスハンターが上であることが証明された瞬間である。
苦しそうなカバ。

その前で岩田は腰まで濁った水につかりながら、攻勢を強めていた。
 水に足をとられるため、避けることができない戦い。背が高い分、リーチ差で岩田が有利だった。
 直撃して景気良く鼻血を吹き出す中村に対して、岩田は二回に一回しか鼻血を出していなかった。 それだけ出せば十分のような気もするが、この場ではもはやツッコむ者もいない。もはや倒れるまでボケてボケて ボケるしかできないのだった。

 いかん。血が足りなくなってきたと中村は思った。意識が遠のく。
足を前に出して倒れるのを防ぎながら、中村は口を開いた。

「俺が主人公の回だろうが」実も蓋もないセリフである。
 岩田は、フフフと笑った。予想通りという表情。
「フッ、ギャグ作品じゃ面白ければ勝敗は関係ありません。従って私が勝ってもいいわけです」
 実際、過去のギャグ作品1142作の統計では、348作品のオチが主人公が負けて野ざらしにされるケースである。 敵には勝ってもヒロインに殴られて負けるケースを入れればギャグの主人公は勝率が高いとは言えない。
「しかし、確率は30%だ。残りは俺が」
「フフフ、いいえ!これで貴方の負けです!ソックスバトラァァー!!」

 岩田は女装した。

 おさげ髪のかつらを被り、メイド服と大型丸眼鏡を装備する。
そして靴下は赤のワンポイント!

「ここから先は私がヒロインよ!」
 過去のギャグ作品1142作の統計では、敵には勝ってもヒロインに殴られて負けるケースが385例ある 。足せば385+348で733例、勝率で64%である。岩田の秘策とは、ライバル兼ヒロインを演じることだった。 なんと恐ろしい。

「男でもヒロインをはれるガンパレの世界観の隅をついた見事な攻撃だ。これを否定することは作品を否定する!」
「フフフ、貴方の最後ですわ。ソックスバトラー!」

 ついにカバは泡を吹きはじめた。中村と岩田のセクシーデンジャラスウインドウの中に収められた靴下から靴下のエキスが 染み出してきたのである。

 カバが泡?

 中村は歯をくいしばった。

「フフフ、死んじゃって! バトラぁん! 伝説の靴下と共に!」
「……死ねるか」

 逃げる中村。

「さっさと死になさい!貴方の墓標は靴下で飾ってあげるわ!」
 なかなか岩田は順応性が高い。もはや完璧に女の言葉遣いである。が、声をはりあげるごとに喉仏が上下するのが見苦しい。

 カバを中心に時計周りにまわる二人。いや、反時計周り、いやいや時計周り。途中で岩田を中村が追いかけたような 気もするが、気にしないでお話を進めよう。ついにカバ越しに二人が立つことになった。

「フフフ、逃げられないわよ!」
「俺の勝ちだ」
「もう動けもしないのに?」

 中村は笑った。そして、伝説の一年靴下をカバに投げつけると、最後に残った力でカバに体当たりした。

 靴下を鼻にあてられ、よろけるカバ。ついに口から泡を吹ながらぶったおれる。…岩田の方へ。
 上がる水柱。岩田はカバの下敷で水の下である。盛大な靴下が、血とともに池に浮かんで来た。

 中村はよろけながら、天を見上げた。空に穴は開いてないかと。穴はなかったが、中村は笑って言った。
「靴下への愛は、動物にも効果があるんだぜ」

 倒れたカバが動く。水飛沫。
「なにい!」

 岩田はカバを両手で担いで仁王立ちになった。

「ばかな!」

 岩田は、動きをとめている。

 中村は黙った。

 動きをとめた岩田の眼球の上を、額から零れ落ちる水が流れていった。

 背を向ける中村。セクシーポーズを取って口を開く。

「立派だと言っておこう、敵と書いて友よ。貴様の記憶は俺に刻まれた」

 さらば、岩田、さらば岩田。そして……永遠に。