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Promennade
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私にはまだ名前がない。

私はまだ生まれていない。

私はなぜここにいるか分からない。

だから、でも、しかし。 私は思う。 私に心がある意味を。

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//第6世界時間 2111年 8月4日 20時08分

 機械でできた上半身は、腕を動かして下半身を捕まえると、接続を開始した。

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 窓の外に映る人型兵器の動きを見ながら、派遣パイロットのエルンスト・タキガワ大尉は宇宙海軍伝統の まずいコーヒーをうまそうにすすった。

 今も必死に制御卓に座ってコントロールを回復しようとする技師に声をかける。
「事件発生から約5時間……どうだ。サムライのほうは」
「FB−04は、上半身と下半身の接続を開始しました。相変わらず存在しないメモリ領域と、 頻繁にやりとりをおこなっています」
「ここじゃどうにもならんな」
「木星の工廠より大きい所は日本月くらいにしかありませんよ」
「敵さんじゃどうにもならんか」

 しばらく窓の外を見やった後、大尉は何が面白いのか、微笑んでみせた。

「それともいっそ敵に聞いてみるか。向うでも分からないなら、こりゃ本物だ。宇宙人が攻めてきたか、 研究中の人型機械に魂が宿ったか。どっちにしても戦争やっている場合じゃないってことになると思うが」
「それについては、バグ、かもしれません。なんとかタイムスタンプの解読に成功しましたが、大昔と百年以上の 未来になっているタイムスタンプが入り乱れています」

「昔を懐かしむネーバルウイッチかもしれない」
「そういう奴等だったら仲良くできるんじゃないですか。くそ、またドカンだ。こいつ遊んでやがるっ」
「本当にドカンって表示が出てるじゃないか」
「バックアップ含めて五台のスパコンで三重の監視システムを組んでるんだぞ。どうやって侵入できるんだ? くそ、 1999年3月28日。これもだ」
「99年なら第3次幻獣戦争の頃だな。ああ、そういえば言ったっけ、俺の家は代々パイロットでご先祖は……」
「百万回でも聞きましたよ。大尉。静かにしてください。くそったれ。またドカンだ」

 大尉は笑うと、まずいコーヒーをすすった。
「何度聞いても、いい話だと思うんだがね」

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第14話(後編)
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 善行は、部下のことで頭を痛めていた。一難去ったらまた一難。一番問題を起さない優等生だろうと思っていた速水が 授業に出てこなくなったのである。

「エスケープ、ですね。普通の学校なら軍法会議もないので、それでいいのかもしれませんが……」

 善行は、舞を見た。舞は難しい表情をしている。
いつも不機嫌に見えるが、今日はさらに不機嫌のようにも感じる。善行は芝村さんにも原因は分かってないのですねと 思った後で、一人ため息をついた。

 まったく子供というものは扱うのが難しい。

 善行は、首を振ると、まずい事で有名なパック入りコーヒー飲料をうまそうに飲んでいる滝川を見た。
自分を指差す滝川。うなずく善行。

「俺じゃ分かりませんよ。あいつの家も行ったことないし」
「他に行きそうな場所は?」
「味のれんとゲーセンなら一緒に行ったことがあります」
「ではそこを探させましょう」
 善行は携帯電話を取った。無造作に原の電話番号にかける。
「昼まで整備は研修会ですから、午後に帰って来るとき、手分けして行かせましょう……もしもし、僕だ」

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 場面は変る。

 研修会の最前列できっちり化粧して周囲に微笑み、綺麗なお姉さんの魅力を振りまいていた原は、バッグに入れている 携帯電話を取り出して、液晶表示を見て顔をこわばらせた。

 不意に表情をにこやかに戻し、手を小さく振って大股で廊下に出る。
一度大きく深呼吸する原。電話を取る。

「あら、この電話番号覚えているなんて意外だわ。それとも余裕?」

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 場面は戻る。

 善行は露骨に嫌な顔をした。
何を言われたのだろうか。触らぬ神に祟りなしと離れようとする滝川の襟首を掴む善行。

「何を言っているんですか。仕事の話です。……はい。はい。わめき終わったら、帰りに手分けして探して欲しい人がいます。 ……いや、御期待に添えず申し訳無いですが、速水君ですよ、……早く言えって、……いや、いい。ええ。お願いします。 探して欲しい所はゲームセンターとその周辺です……ゲームセンターの場所は」

 善行はため息をつくと滝川を見た。滝川は口を開く。
「新市街です。銀座通りの。あ、でもあいつ、夜には家に戻るんじゃないですか」
「何故、ですか?」
「あいつ、家で猫飼ってるんですよ。世話しなきゃならないから、帰るんじゃないかと」
「……一日二日、食べないでも猫は死にませんよ」
「それができるなら、今どき猫なんか拾いませんよ。あいつは夕飯抜かした食い物で飼っているようなものだから」
「もしもし、では探してください」
 善行は滝川の言葉を無視した。いつも最悪のケースが起きうるものとして次の手を考えるのが指揮官だと思っている。

「我々は味のれんと、周囲の捜索を行いましょう。滝川君、ちょっと親父さんのところに行ってきてください」
「はあ、じゃない。はい」
「よろしい」

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 場面は原の所へうつる。
 一人、廊下で折畳式の携帯を畳む原。いや、原が目をやれば、心配そうに顔を出した森がいる。この分では 中まで聞こえたようだった。聞こえたのはなんだろう。この甲斐性無しだろうか、なんの嫌がらせ?   だろうか。
 森はおそるおそる廊下に出てきた。鼻息荒く、自分の腰に手をあてる原。

「別に貴方を絞め殺したりしないわよ」

「え、ええ、いやまあ。その、どう、しました?」
「速水くんが学校からいなくなったみたいなのよ。たぶん、ちょっとさぼっただけだと思うけど」

 オレンジのバンダナを巻きながら森は目を大きく開いた。速水君が? 意外な気がする。
「でも、普段見る限りはさぼるとか、そういう人には見えませんでしたけど」
「それもそうね。あの子、真面目だから。でもそれだからこそ大騒ぎになっているのかも。これが岩田君なら誰も騒がないかも」

 それはさすがに岩田君に失礼では、と森は言いかけたが、確かにそれもそうだと思ったので、汗を出すだけで 声を出すことはしなかった。

 原は壁に背を預けながら、片目をつぶって森を見た。森はそわそわしているように見える。速水に興味があるのか。まあ、 あの子ならお似合いよね、と思う。森は瀬戸口みたいな奴にひっかかるには純真すぎる。
「これ終わったら、手分けしてさがしましょ」
「それで大丈夫でしょうか。遅すぎたりとか……」
「あと30分だけど、集中できない? 分かった分かった。じゃあ、貴方だけちょっと先行って探してきて」
「え、うちがですか?」

 森はすぐ顔が赤くなる性質である。この時も赤くなった。それを面白そうに見る原。
「共通語共通語」
「あ、共通語共通語。ええと、私がですか」
「そう」

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 一方その頃。

 滝川は校門を出た所で途方に暮れた。
速水は放っておいても戻って来ると思っていたのである。
 傷痕のある鼻の頭を指でかきながら、あいつは俺のかーちゃんとは違う、と思った。
滝川が知っている速水は、話しやすくて優しくて、厄介がられる芝村だろうとお腹の大きい猫だろうと、委細構わず 世話する奴であった。乏しい滝川の知識では、ほんとの母親ってああいう奴なのかなと思う時すらある。

 そんな奴だ。なにがあったのか知らないが、奴は戻る。と、思う。戻って欲しかった。世の中には一人くらい 優しい奴がいてもいい。

 とはいえ、委員長の命令は絶対だった。滝川は折衷案を取ることにする。

 一応味のれんの親父さんに声をかけて、それからそうだな。あいつのアパートまで行くか。

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 その一方。

 森はビルを出た所で、途方に暮れた。
出てきたのはいいのだが、どこを探せばいいのか聞くのを忘れていたのである。

 どうしよう、戻って聞こうかな。

 でも、急がなきゃいけないだろうし、戻ってきて研修会出席者にまぬけだと笑われるのはいやだ。

 うー。

 森は考えた後、とりあえず出鱈目に探してみることにした。
考えてわからない時はとにかくなんでもやってみるのが森という人物の人となりである。

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 森は走り出した。
 滝川は考えながら歩き出した。