時は、戻る。

 研修から戻ってきた原は、携帯電話をバッグに入れると、何故だか上着を脱いでシャツ姿になっている善行を見た。

「貴方のパイロット、見つかったそうよ」

 善行はうなずいた。
「なるほど。すぐ迎えに行きましょう」
 原は続く言葉を待ったが、何もないので少々腹を立てた。

「軍隊というのは礼を言う心まで奪うのね」
「見つけたのは、貴方じゃない。貴方の部下だ。礼は本人に言いますよ」

 黙る原。善行は意識を集中すると、多目的結晶を使って壬生屋と舞を呼び出しはじめた。


 きっかり7秒後に壬生屋と舞は別々の入り口から入って来た。

 善行は口を開いた。
「貴方のパイロット、見つかったそうです」
「私のものではない。人が人を所有するなどおぞましい」

 少しだけ微笑む善行。
「迎えに行きますか?」
「……行こう」
 歩き出そうとする舞の表情を、長い髪を揺らして覗き見た壬生屋は、居ずまいを正して善行に言った。
「私も行きます」
「そうですね。お願いします」
 即答する善行。
 その光景を面白くもなさそうに目を細めて見る舞。
何か言おうとして、結局言うのはやめたようだった。そのまま背を向けて歩きだす。

 小声で耳打ちする善行。
「ではお願いします」
「はい」
 壬生屋はうなずくと、舞の背中を追った。

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 舞は、追いついてきた壬生屋を知覚すると、前を見たまま口を開いた。

「迎えに行くぐらい、童女でも一人でできると思うぞ」
「……」
 壬生屋は表情に困った。壬生屋も善行も、舞が速水を殴るのではないかと思ったのである。実際 いつも無表情というよりは不機嫌な表情の舞は、何をするか分からない雰囲気を漂わせている。
 壬生屋は考える。この芝村は、芝村という割に悪い娘ではないと思うのだが、怒りだしたら何をするか分からない。
 なんと言っても、いざとなれば練習生でありながら武装のない士魂号で中型幻獣と戦うことを選択するような勇者である。 そして戦場の勇者という者に限って、敵前逃亡した新兵を殴りたがるのが軍隊の常であった。

 壬生屋は、内心速水は舞に付き合わされることが怖くなったのに違いないと思っている。そしてため息をついた。そう、 それはそれで、仕方ない。あの線の細そうな優しい少年に、この娘のドライバーは難しいだろうと考える。

 その時は、お姉さんとして、私が芝村さんのパートナーをするしかありませんね。壬生屋はそれを考えて、少々気が滅入った。 自分ですらそうなのだから、きっと意思表示の弱い速水はもっと振り回されているに違いないと思う。

 舞は、歩く速度をだんだんと速めている。
壬生屋はあきれて口を開いた。これは完全に怒っているなと考えた。
「何を急いでいるんですか」
「私は急いでいない」

 舞は肩を怒らせながら言った。

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 たしかに舞は怒っていた。
 ただそれは、速水を迎えに行くことくらいは、いくらなんでも一人でできるという、拗ねたと表現したほうが 正確な類のものである。

 まったく。ののみといい、壬生屋といい善行といい、私をなんだと思っている。

 自分でも、ひょっとしたら私は不器用かもしれぬと思わなくもない。が、そこまで心配されるほど壊滅的なまでに 日常生活の要領が悪いはずはない、と思う。

 舞は意味もなく胸を張って思った。
 そう、速水もだ。奴はののみに並ぶほど私を不器用と思っているに違いない。箸の上げ下げや髪型に一々何事か言うほどの 心配性だ。だがしかし、私とても箸ぐらいはちゃんと使えるはずだ。小さいときに練習したから。

 しばらく考える舞。


 そして舞はある可能性を思い、目を見開いた後、目を細める。

 まさか。まさか速水は、私の不器用さを見ていられないと思ったのか?

 だとしたらひどい勘違いだ。いや、少し見方が厳しいのではないだろうか。

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 舞は、自分が小さい頃を思い出す。

 舞が小さい頃、何か失敗すると父はよく物陰に隠れて「あーもう見てられない!!」とか言いだし、舞が泣きだすまで、 物陰で自分の目を手で隠して、変な歌を歌いながら知らんふりをしていたものだった。
 殴られても泣かずに睨み返す舞だったが、この仕打ちには参ったのをよく覚えている。

 そして14に戻った舞は拳を握った。知らずに冷笑する舞。

 男という者は、どいつもこいつも同じことをするらしい。よかろう。だがしかし、私はもはや子供ではない。 そんなことされても今更泣くわけがなかろう。おろかな。

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 壬生屋が長い髪を揺らして隣を覗き込むと、舞は目を細めて、急にフフフと笑いだした。
いけない。今から速水の処刑に暗い喜びを感じているに違いないと思う壬生屋。

 壬生屋は手を広げて舞の前に立ちはだかった。
「ダメです」
「何を訳の分からないことを言っている」
「隠さなくてもいいんです。でも速水君を処刑するのはやめてください」
 舞は考える。
「……その基準で人を殺したとして、2年後には地球の人口は半分になるのではないか?」
「何を訳の分からないことを言っているんですか!」
「それはこちらのセリフだ」

 壬生屋と舞は、ここのところ恒例のようににらみ合った。
 しばらくの間の後、どちらともなく顔を背ける。

「とにかく、速水君に暴力を振るうのはやめてください」
「なぜ私が暴力を振るう必要がある」
 壬生屋はしばし考えた。思い違いかもしれないと思い、顔を赤らめる。

「ならいいんです」
「変な奴だ」
「貴方に言われたくありません。いいから行きますよ」
「そちらが妨害したんだぞ」
「細かいことを言っていると背が伸びませんよ」
「それは速水に言うがいい」

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 一方その頃。森の家。
森は、急にごねだした弟大介と、落ち込んで身動きもしない速水に挟まれて、対応に苦慮していた。

 大丈夫?

 と、速水の顔を覗き込もうとするたびに、金髪の弟が森の髪を引っ張って立ちはだかるのである。
こ、この悪魔ーと、頬を膨らませて言う森に、涼しい顔をしてその言を無視する弟がいた。

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 この段階では、森大介というこの金髪で細身の少年は、世間一般で言う難しい少年だった。
学校にはまともに行かず、すぐ何事かトラブルを起こして家に帰ってくる。森家に来て1月しないうちに問題を起こすこと8回、 その半分でケンカし、相手に怪我をさせること3回、自身も怪我すること4回という体たらくであった。
 相手が蹴ってもいい「かぼちゃ」に見えたんだ。とは、本人の弁である。

 森は頭を抱え、そのうち、こいつは悪魔か、控え目にいっても小悪魔だと思うようになった。周囲の反応も 大体において同じだった。問題を起す理由など、そう転がってはいないはずだった。

 そんな大介が唯一、自覚なしながらもなついているのが森精華、つまりは未だ成立していない5121ATPの 整備士である姉であった。

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 森は一瞬途方にくれたが、気を取り直して、弟を無視する形で速水に近づいた。
速水の目の端には、まとわりつく弟と格闘しながら近づいてくる森の姿が見える。

「大丈夫?」
「……うん。ごめんね」
 速水は自分を多少取り戻し、また嘘をつきはじめた。微笑んでみせる。
再び優しい線の細い少年を演じ始めたのである。

 この姉弟のように、僕と舞もそう見えるのだろうか。
速水は、胸の奥の痛みを無視して森の瞳を見た。

「ごめんね。ありがとう」

 森は顔を赤らめた。憂いを帯びて揺れる速水の瞳は、とても綺麗だと思った。

「う、ううん、いいの」
「……うげぇ、猫をかぶる姉さんは気持ち悪い」
「大介!」

 速水と大介は視線を交わした。次の瞬間には、互いが互いを認めないように無視した。

 玄関のチャイムが鳴った。