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翌日。

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 テントの上に猫が11匹。
夜明けが来るのを待っている。
 その頭上では燕が空を飛んでいる。
岩田とウサギが一羽づつ、一緒に並んだ。

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 岩田はテントの上に並ぶ猫の中から顔を出した。前から乱入を考えていたのは明白だった。なにしろ前日から寝袋を用意して待っていたのだ。 それはシリアスの天敵であった。

「それは夜が暗ければ暗いほど、闇が深ければ深いほど、燦然と輝く一条の光」

天空を見上げると、猫の合唱の中で自分も高らかに歌う。
全国的に猫が鳴けば歌を歌うのが、その岩田の個性であった。

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 いつもより早く起きて、小さな食卓に座り、善行は読むところのない新聞を読んでいた。
そうしないと、さっさと支度して家を出てしまうのだった。
 軍人という職業はせっかちでいけない。 善行はいつも苦労しながら、少しでも長くその家にいようとしている。

「そう言えば、最近、部隊の近くに野良兎がいるそうです」
 朝食の支度をする萌の背中に、善行は声をかけた。

声もなく、小さくうなずく萌。包丁を動かす手は休めない。
 善行もまたうんとうなずくと、再び新聞を読みはじめた。

 長い沈黙。朝日が、アパートの窓を照らしている。
包丁の音、鍋の音。萌は手を止めると、善行を見た。
「また、戦争をはじめるの?」
「うん。まあ、ええ。そういう仕事ですからね」

 善行は新聞を几帳面に畳むと、眼鏡を指で押した。エプロン姿の萌が善行を見ている。
「……それは貴方の戦争?」
 善行は考えた後、いつもの通り本音を言った。世の中で彼が本音を言うのは、死者や猫を除けば若宮と彼女しかいなかった。
「たぶん、僕の戦争でしょう。元は他人に言われたものでしたが、今は違います。そう思っています」
「……そう……」

 萌は料理を善行の前に出すと、座りながら言った。
「朝食を食べたら、いってらっしゃい。あなたの、戦争に」

 善行は頭を下げた。
「今日は5時に帰ります」
「嘘」
「……なるべく嘘にしないように努力します」
「……無理よ。貴方は戦争を好いている」
「一度だって好いたことなどありませんよ」
「でも一度だって逃げ出さなかったわ」

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 善行はこの日、戦車学校で物置として使われていた小屋の一つを、小隊長室という名前に変えて小隊事務所にしはじめた。

 前夜、夕食を作る萌に貰ったかまぼこの板に、筆ペンで5121小隊小隊長室、と書いて表札とする。 しばらく考えた後、 正義最後の砦事務所と書き添えた。
 芝村さんのギャグにあやかりましょうと、独り言を言う。ギャグとはいえ芝村だ、ゴブリンくらいなら避けて通るかもしれない。

「なんか、安い板やわー。もっと立派なもん、探してきまひょか」
 事務官として着任し、小隊の事務を一手に引き受けることになる加藤祭がそう言った。
善行は、萌にもそう言われたなと考え、同じことを言うことにする。
「いいんですよ。看板には文字が入ればいいんです。そもそも立派な看板をつけた偉い奴にロクなのはいない」
 加藤は見積を書こうとして顔をしかめ、ページを破り捨てると、すごすごとポッケに入れた。
 善行は笑って、バットだのマットだのを運ぶ家令の若宮を手伝うことにする。

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 加藤と壬生屋によって綺麗になった部屋に大きな机を持ちこみ、椅子に深く座って善行は笑った。
 戦争を始めた気になった。

部屋の隅には加藤の席と準竜師とのホットライン。
 左後ろには家令になった若宮がいる。

ここから僕の戦争をやり直してやろう。善行は考える。
 気のいい部下を指揮し、母国を防衛する戦争。救国のために抜かれた剣の切っ先となって汚い戦場を戦場の王達と共に踏みにじってやる。

 昼も近い時間になって、二人の屈強な男が現れた。鍛え上げた筋肉が漏れ出そうな軍服を着ている。
誰がどうみても戦士。人類側でもずいぶん数が少なくなった戦争向きの身体つきと戦争のための訓練と教育を受けた兵士だった。

 男の一人が善行の前に立つと、堂々とした敬礼をした。
「若宮康光戦士、来須銀河戦士、本日より5121でお世話になることになりました」
 もう一人の男は、青い目になんの表情も浮かべずに敬礼した。

善行はしばらく考えた。

目の前の若宮が首をかしげる。動作から見れば若そうだった。
「どうか、されましたか?」
「あー、いや、夢の一つが計らずも今かないましてね」
「はあ、それはようございましたな。どういう夢で?」
「いや、若宮タイプの下士官に囲まれてみたいと思ったんですよ」
「なるほど」
 目の前の若宮は、善行の後ろに控える、家令で片腕の若宮を見た。

「しかし、同じタイプのクローンは同部隊に配備されないはずでは」
家令の若宮は中身が入っていない左袖を揺らした。
「私はこの腕の通り、退役しております。今は、忠孝様の家令ですが」
「……ということで、計らずも僕の夢はかなったわけだ。が、すまないな。自分と同じ姿を見るのは苦痛だろう」
「いえ、それほどでも。人の個性とは顔で決まるわけではありません」
「そう言ってくれればうれしい。僕は君を大事にする」
「嬉しく思います」

 その会話を聞いていた加藤は大きくのけぞった。が、視線を集めたので謝って仕事を再開した。


善行はうなずくと口を開いた。
「では改めて、ようこそ。正義最後の砦5121へ」
 目の前の若宮が微笑んでみせる。隣の来須は、眉も動かさず黙っていた。

「それは光栄であります」
「スカウト(戦車随伴警戒歩兵)ということだが、前はどの部隊に?」
「85111です」
「東北か。熊本に並んで最強と言われたところだ。大陸では世話になったこともある」
「そこで薫陶を受けたことを誇りにしております」
「君は?」
「傭兵だ。色々なところに行った」
 来須は言った。善行はうなずいた。兵員不足に恒常的に悩む軍は、受け入れた難民から積極的に外人兵を受けいれていた。
 受け入れるとは良く言う。事実上の強制だった。厳しい難民キャンプ生活から抜け出そうとするために息子を差し出す家は多い。 それらの外人兵は政府の正式呼称である義勇兵と名乗るのを良しとせず、傭兵と自称することはよくあると聞いている。
 善行は深入りせず、来須の立場に理解を示した。

「人類が滅ぶかどうかというこの期におよんで、国籍もなにもないでしょう。それに、この部隊には髪の毛や肌の色が違う人はたくさんいます。 なんの気兼ねもなく仕事できると思いますよ」

 来須はうなずいた。
善行は日本語が通じ難いのかと思ったが、結局確認せずに別のことを言うことにした。
言葉は通じなくとも、心は伝わるだろうと考える。

「客観的に言えば、戦士と呼べる兵は減りました。僕が指揮するのは女子供ばかりです。……まだ戦いつづけることに意味があるのか?  そう思うこともあります。……戦士、君はどう思う?」
「戦う意味はあります。幻獣は女子供を狙います。特に出産能力のある女を、我々の生まれる工場を」
 若宮は淀みなく言った。何度も考えたことがあるのは明白だった。この若宮は何度も考え、そして今ここにある。今、左後ろにいる若宮のように。

 善行は笑うと、口を開いた。
「その通りだ。我々が生き残っても意味がない未来というものもある」
「はっ!」

敬礼する若宮と来須に、善行はルール違反だが帽子もかぶらずに座ったまま答礼してみせた。

「よろしい、では戦争をしましょう。国家の戦争とやらはこの際どうでもいい。僕の戦争を、貴方の戦争を始めましょう。この部隊は、そういうところだ」
 若い若宮が笑顔を見せた。
「隊長の、意のままに」