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一方その頃。味のれん。

 味のれんのカウンターには、森、原、壬生屋、新井木が座っていた。
全員で並んでアップルパイを食べている。それ以外の席にも女子校の生徒が座っており、ほとんどがアップルパイを食べていた。

「祭ちゃん、残念でしたね」
壬生屋がアップルパイを食べようとするのをとめて言うと、これまた神妙な面持ちでアップルパイを食べようとする原が、口を開いた。
「仕方ないわよ、病気なんだから。一昨日は元気だったんだけど」
「そうそう、それに、狩谷も休んでるし。分りやすっ」嬉しそうにアップルパイを食べる新井木。一口で食べてしまい、しまったという顔になる。
「……岩田君も、休みなんですよね」森のつぶやきに、上を見る壬生屋、原、新井木。
「あいつはほんとの病気というか、筋肉痛で休みみたいよ。というか祭に関係するわけないじゃない」
一番岩田を踏みつけてる人間として、フォローする原。
「あの究極超人みたいな人が、筋肉痛……ですか?」森は、紐なしバンジージャンプする岩田を念頭に口を開いた。 このアップルパイ食べないで弟……大介に持っていったら喜ぶかなと思う。
「新しいギャグの練習だったらしいわ」 原は腕を組みながら言った。
 静かになる場。汗をかく森。
「たしかに、ありそうですね」
うなずく原。
「あれくらい真面目にギャグにうちこんでくれたらいいのにね」
「真面目に仕事ですよ、先輩」
 不覚、といった面持ちで頭を抱える原。
「ま、まあそんなに死にそうな顔しなくても」
「何言ってるのよ、死ぬのは岩田君よ。なんで私が死ななきゃいけないの。……今、殺害計画練ってたところ。ちょっと無理そうだったけど……どうしたの?壬生屋さん」
「いえ、ののみちゃんに食べさせたいなって」
 壬生屋はついでに瀬戸口を思ったが、すぐに振り払った。あの人はいいんですなどと思う。少し考える原。
「出る時いなかったじゃないの……まあでも、そうね。ねえ、このお店って持ち帰りってできないの?」
 原が尋ねると、味のれんの親父はカウンターの向こうで笑った。
「ごめんねえ、今、他のお客さんもさばききれんでねえ」
「そう。……残念だわ、小さい子なのに」
親父をにらむ原。 苦笑いする親父。目を逸らす原。口を開く。
「鬼。…悪魔…鬼畜…人でなし」
「す、すみません! 今帰りますから」
森と壬生屋、原を羽交い絞めにしてあやまる。連行するように外に連れだす。原の分のアップルパイも口に入れる新井木。
「なんで私を掴んでいくのよ!協力するのが普通でしょ!?」
「こっ恥かしいのでやめてください! どこの世界にアップルパイお持ち帰りでああいうこと言う人がいるんですか!?」
「何言ってるのよ。今のは独り言よ!店先で独り言言って罰せられる法律がいつ出来た!」
「閉店前に、もう一度きなっせ」
「え?」
 親父の言葉に原と壬生屋と森が同時に顔をあげた。
ねじり鉢巻の親父は、笑ってみせる。
「それまでにはなんとかするけん」
「ほら、ああ言うのは言ったもの勝ちなのよ」勝ち誇ってうなずく原。
「絶対違いますし今後はやめてください!」 壬生屋と森は同時に言った。
新井木は勘定の前に脱出。

女子校の生徒達はアップルパイを静かに食べていたが、原達がいなくなった瞬間、噂話で大騒ぎになった。

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一方その頃。

浅黒い肌、高い背、縮れ髪のヨーコは、校舎裏でうずくまっていた。
身を焼くような憎悪に、立っていられなくなったのである。

 岩田……岩田。必ず殺してやる。必ず殺してやるっ!
ヨーコは、涙を流した。

人の影が顔にあたり、顔を上げるヨーコ。
ののみと、速水だった。滝川もいる。心配そう。

「だいじょーぶ……?」
おびえるののみをよしよししながら、口を開く速水。
「どこか、痛いの?」

 速水の青い瞳は、なぜだか“陽子”の想い人を思い出させた。顔を赤らめるヨーコ。
「ダ……だいじょうブ、でス……すこシ、ソノ……」
「うずくまって、大丈夫も痛いもなにもないだろう」
こういう時に限って正論を吐く滝川。色々な人に心配されたヨーコは、別の意味で大泣きしそうになった。どこを向いていいか分らず顔を向けると、瀬戸口が立っている。

 瀬戸口はすみれ色の瞳を優しげに揺らすと、しゃがんでヨーコの手を取った。
「それではお嬢さん。私めの肩では頼りないと思いますが、医務室まで」
「ダ、だいじょうブでス。す、すぐ良くなルでス! もう元気でスよ!?」
 浅黒い肌を赤くしてうろたえるヨーコに、瀬戸口はひどく人好きする笑顔で笑った。
「例えそうでも、心配させてください」
 背は瀬戸口よりもヨーコの方が高いはずだが、瀬戸口はそんなことをまったくヨーコに感じさせず、手をとって歩き始めた。
 速水と滝川とののみ、口を開けたままその姿を見送る。

ウインクする瀬戸口。
「いや、アップルパイを食べたいのは山々だが、俺は、それよりもやらなければならないことがある。……ということで、じゃ、な」

 うわぁと滝川が言う間に一緒に歩いていく瀬戸口とヨーコ。

ヨーコが恥ずかしくて顔を赤くしてあらぬ方を見れば、そこに舞がいた。
凍りつくヨーコの表情。
舞は、普段どおり。

ヨーコは唇をかんだ。
……そうか、そうだったのか。みんなお前の差し金か。
憎い。……勝ち誇るのか、小娘。
そんなにワタシが憎いのか、小娘……!

舞は、難しい顔。父に遊園地に行こうと言ったら父の育てる花壇に連れて行かれた気分。一日が肥料やりで終わるのだ。
そういえば大昔、病床についていた嵐の夜、父をくれと言われて、本人に言え、本人が決めることだろうと即答した時も、あんな目をしていた。
 それよりも何よりも未だに良く分からないのは、実の娘は選択肢がないにしても、なんでよりにもよってこの人物があの父を慕うかということだ。 世界は驚異に満ちている。

舞は、ため息をつくと口を開いた。しかもそれで不幸になるとしたら、悲劇だろう。
「……私の顔を見て世界を判断するのではなく、世界を見て私を判断したほうがいいと思うぞ。私は世界を征服するかも知れないが、それでも世界の一員であるのは違いない」

瀬戸口は舞を見て迷惑そうな顔。
「あのな……」
「なんだ」
 なんでこんな性格の悪い奴が昔から俺の姫様のお気に入りなんだと思いながら口を開く瀬戸口。
「気分悪い人に気分悪いのはお前のせいだと説教するのがお前たちのやり方だとよくよく分かっているがな、その言い方はないだろう」
「そんなことはない。我らもウイルス性の疾患があることくらいは承知している。不可抗力という法律用語も」

静かになる場。
「悪意はないと思うぜ。全然意味分からねえけど」滝川が言った。
「悪意はないよ」速水は言った。「ただ分かりにくいだけで」
「明瞭な説明だったと思うが」
舞の言葉で、場は振り出しに戻った。言わんでもいいのに思ったことは率直に言う人物なのであった。

 瀬戸口は怒鳴ってやろうかと思ったが、馬鹿馬鹿しくなってやめた。
そもそもミッチーはどこいったんだ。そもそもあいつが奴婢に勉強なんて教えるからだと思う。
ヨーコに微笑んで、手を引く。
「すみません。どうもあいつ、日本語分かってないみたいで、ささ、行きましょう行きましょう」
「日本語の理解力はあるほうだと思うぞ」
舞をにらんで、瀬戸口はヨーコに微笑んで歩き始めた。
「気にしないで」