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一方その頃。

腕を組みながら善行は映写幕を眼鏡に反射させていた。

「どう思いますか?」
「ありえないでしょう」
 善行は白犬が雷のようなものをぶん回しながらヒトウバンをぶんなぐる場面を見ながら言った。
「まったく非現実的だ」
もう一度、感情を込めずに言う。自分の飼い猫が映っていたらぶっ倒れるところだったが、それはなかったのでかろうじて意識は途切れなかった。
 善行は途方に暮れた口調で喋った。
「人語を喋るならまだしも、前脚で武器を握るのは変ですね」
若宮はよろけた。
「しっかりしてください。隊長、人語を喋るのだってありえませんよ」
善行はしばらく考えた後、こめかみを押さえながら言った。
「ああ、失礼、そうでした」

若宮は深呼吸。真面目な気分にもどろうとし、そして非現実的な映像を見て、口を開いた。
一人のウォードレス兵が白犬のようなものと共に戦っている。

「士魂号のガンカメラの中にエヅタカヒロでも入っているんですかね」
「それだといいんですが……。これはどうにもなりませんね。この映像データは封印します。まともそうな部分だけ切り貼りして、本部に提出しましょう。 とてもじゃないが、この内容をそのまま知らせるのは無理です。我々が戦争神経症扱いで病院送りされる。それと、撃墜機数は十分の一にします。理由は同じです。 パイロットは何か言っていましたか?」
「いえ、何も。一応、変なものは見たかとききましたが。不思議な顔をされました」
「……なるほど。どっちみち撃墜機数切り下げについては私の方から説明します。実際一番現実的な可能性は、ガンカメラが壊れたか、他の映画フィルムの上に 上書きされたというところでしょう」
「……そうですな。それ以上に説明のしようがない」

軽いノック。若宮は映写機をとめる。

ののみですっ。の声。
「どうぞ」善行の抑制のきいた声。

ののみは苦労して立て付けの悪いスライドドアを開けると、善行と若宮に笑いかけた。
善行と若宮が同時に笑う。

「どうしました?」
善行の声は優しい。原が聞けば、怒りそうなほど、優しかった。

「うんとね、えっとね。近くのお店でね、アップルパイがやすうりさんなのよ。それでね……」
「なんですか?」
「みんなでいこ…?」
 うかがうようなののみの顔を見ながら善行は笑顔のまま、口を開いた。

「若宮」
「はっ!」
「すみません。僕は仕事で忙しいんで、彼が、お供しますよ」
そういった後、少し考えて言葉を付け足す。
「実は、人を遣いにやってましてね、それを待たないといけないんです。それが早く片がついたら追いかけますよ」
「護衛はお任せください!」 若宮が直立不動のまま言った。
「完全を期せ」
 善行は短く命令する。萌の件があってこちら、善行は親しい女性の身の安全には気を使っている。私物の拳銃を机の上から取り出すと、若宮に投げて寄こした。

「隊長はどうされるんですか?」
「なにかあったら逃げますよ。貴方が来るまで」
「了解であります!」
「楽しんで来てください」
善行の最後の言葉は、ののみに向けて言った。笑ってみせると、ののみも嬉しそうに笑った。
「うん……じゃない、はい」

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 その頃。学校の外。通学路。

石津萌は、来須と共に、歩いていた。
石津は弁当箱を持っている。 善行はまた弁当箱を忘れていたのだった。

また危ない目にあわせたら大変……、そして、宮石はいつも萌の護衛に置いておきたいと、来須に弁当をとりにいかせたのである。
 ついでに、美形好きの萌が、来須に会えば気も晴れるだろうとそういう計算もあった。

だが、計算は間違っていた。
 来須が弁当を取りに来た時、萌は、善行がそんなに昼間に自分に逢いたくないのかと思い、そして、弁当を直接渡すと言ったのである。

それで結局、来須と萌は並んで歩いている。
下を向いて、歩く萌。
帽子をかぶりなおす来須。

 来須は、何か言おうとしたが、結局何も言わなかった。
萌は、弁当箱を持ったまま、口を開く。

「……嫌がらせ……」
帽子をかぶりなおす来須。
萌は、喉を押さえながら口を開いた。だれでもいいから、聞いて欲しくて。
「……嫌がらせするの……。……何も……言われない……嫌だから」

来須は、帽子をかぶりなおして表情を隠した。萌を護衛するように足元を旅する兎が歩いている。
来須は非現実だと思い、たっぷり時間をかけた後、そして言った。
「……俺は歌を歌えない。だが、お前のために歌を歌う奴もいる。あの眼鏡は、たぶんそうだ」

萌は不意に自分の顔をかきむしりだしていた。声のない声で泣き喚く。

無表情のまま来須は、大地を踏み鳴らした。
この所活動を活発化させた大気の精霊達がすぐ寄ってくる。来須は、帽子を取ると、黄金の髪を揺らして青い瞳を見せた。それだけで精霊は兎と来須に挨拶し、 腕を伸ばした。
 びっくりした顔の萌の髪に寄りそい、口付けして、飛んでいく精霊達。

帽子をかぶりなおす来須。
何も言わずに歩き出す。

「……今……なにか……通った……わ……」
来須は振り返りもしない。