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 原、森、壬生屋、新井木の4人と滝川、舞、速水、ののみ、若宮の5人は校門前で出会った。
「あら、貴方達も アップルパイ?」
「はっ! その通りであります!」
敬礼する若宮を無視して、原はののみに微笑みかけた。頭をなでなでする。
「ああ、そうなんだ。ののみちゃんの分は別に注文してたんだけど」

 くすぐったそうに髪をなでられるののみ。顔をあげて原を見た。
「あのね、あのね。じゃあね、猫さんにあげると喜ぶのよ」
「猫にアップルパイって……身体に悪いんじゃないかしら」
 原は横を見る。森と壬生屋はさあと言う顔。
「知らぬ」舞はない胸を張って堂々と言った。
「大丈夫だよ。フルーツ入れたサンドイッチも食べてたから」
速水は猫を飼っている人間の強みを発揮した。
「そうなんだ。じゃ、猫ちゃんにあげようね」
「それくらいなら、人間が食べたほうがいいんじゃないでしょうか」

「森さん?」
「はい?」
 原は笑ったまま森の頬をひっぱたいた。
「あの店主に小さい子のためにあげるって言ったからには最後までそうするのよ。私が立てた約束破るなんて馬鹿なことは言わないで」
「すみません!」
「分かればよし。じゃ、夜になったらあげようね」
原は、目を一杯に開けて泣きそうになっているののみにそう優しく言った後、言葉を続ける。
「約束は大事なのよ。破ったら殺されても文句は言えないの。誰が見ていなくても約束を守るって相手を信じるから、人は進んで損が出来るのよ。良く覚えておいてね」
うなずくののみに、原はにっこり笑って背を向けた。
「行くわよ。昼休みは止め、整備は仕事再開。連帯責任。全員の腐った性根を叩きなおしてやるわ」

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 原は部下を連れて去っていった。
「怖ぇぇ」
 滝川がつぶやくと舞は猫がアップルパイを食べるところを想像しながら言った。
「そうか? すぐ暴力に訴えるのはいかがかと思うが」
「お前や壬生屋がそう言うとすげーギャグにきこえるよな」

壬生屋は木刀の切っ先を滝川の喉元に突きつけた。
「そうですか?」優しく笑う壬生屋。
「ウソです」やっぱここの女は駄目だと思う滝川。どっかに速水みてえな女いねえかなあ。

「原整備長……いつみても可憐だ」
若宮は周囲が首をひねるようなことを言った。
「あの、若宮先輩、ひっぱたいたりするあの人がですか」
滝川の言葉に、若宮のほうが首をひねった。
「あれこそ理想の上司のような気がしますが。身体を張った愛の鞭!厳しい規律で築かれる鉄の団結 ああ!あぁ、も、もう自分は!自分はぁ!!」
興奮する若宮から視線をはずし、滝川は速水を見た。
「駄目だ。俺、軍隊向いてないかも」
「それを言うなら僕もだよ。……なにがいいのか全然わからない」
やっぱり本物だよねと、速水はドキドキして舞を見た。
「元々軍人に向いたやつはいない」
舞は堂々と言った。肩をつつかれて壬生屋を見る。
「芝村さん、そういう発言はちゃんと見知った人だけにしないと誤解されますからね」
ののみは一人ぼっちが嫌なので舞に抱きついた。
抱きとめる舞。
「それよりも、そなたはどうする」
「私はもう、食べてしまいましたから……そうですね、教室に戻ります」

舞はうなずいた。
「そうか、ではすまないが、ヨーコを見てやってくれ。調子が悪そうだった」
「なにか病気なんですか?」
「いや、違う。症状的には軽い。だが、私では駄目だろう」
「なぜですか」
「私が知りたい……どうした、ののみ」
舞の袖をひっぱってののみは口を開いた。

「みおちゃん、きをつけてね」
「なにが、ですか?」
ののみは、心配そう。
「なにもないから、なにもないのはめーなのよ。なにもないところはあぶないからおとーさんがね、おとなさんでないとちかづいたらだめだって」
「……?はあ。分かりました……なんにしても、行って来ます」
壬生屋は不思議そうな顔をしたものの、すぐ医務室へ向かって歩き出した。

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 一方その頃。

 会議室で一人、考え事をしていた善行は、眼鏡を取って目を細めた。
見覚えのある小柄な姿があった。

萌は、校門前で小さく手を振った。
そそくさと窓から外に出る善行。スリッパのまま萌に走りよる。

「何も出てこなくてもよかったのに」
「……」
下を見る萌を見て来須が善行を蹴るよりも先に、足元を旅する兎が善行の脛に強力な右ストレートを決めていた。来須を見上げてうなずく兎。見えてない、 見えてないと思う来須。動物が右パンチは、非現実なのもいいところだ。

 脛に激痛を覚えて飛び上がる善行。足元を見ても兎しかいない。
顔をあげれば死にそうな萌の姿が見えて、善行はことさら明るい声をあげた。
「……ああ、その。でも嬉しいです」

萌はびっくりして顔をあげた。善行を見る。
何事かと左右を見る善行。そして萌にやさしく問いかける。
「どうしました?」

来須は帽子をかぶりなおすと歩き出した。
部外者の俺が見ていいものじゃない。

そして、彫像のようにじっとしている原の隣を歩きすぎた。