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一方その頃。

ブルガリア国境。

猛スピードで大地を駆け抜ける、一台のスバル360があった。
ハードボイルドは泥棒さんではないのでフィアットより国産なのであった。

「ペンギン! 猫が手紙もってきましたよ!」
ペンギンは羽でシフトチェンジしながらうなずいた。アクセルはベタ踏みである。
帽子をかぶりなおす。フロントミラーで身だしなみチェック。
 黒猫をやさしくくわえたイヌワシがバンクを振って飛んでいく。

「そうか。お前達のほうが早かったな」
「そりゃもう、うちは速いだけが取り柄ですから。速い、意表をつく、バグが多いあー俺達芝」
「下手な歌だ。舌を噛むぞ」

スバル360は丘を飛んだ。大きくバウンド。ハードボイルドな帽子が窓の外へ飛んだが、続いて窓から出た腕がそれを掴んだ。引き戻す。

速度あげ。土煙。

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一方その頃。昭和281年。

 その真空ドックに吊り下げられた優美な淑女の名を、船首から読んで“ゼカキユ”という。
特型と呼称される姉妹達の中でただ一艦だけ、光子魚雷発射管を全廃し、その分の重量を機関と兵員輸送室に割り当てていた。その前に完成した “トマヤ”級に略同形の三連二塔の背負い式砲配置は、スタークルーザーさえ思わせる。

ゼカキユ。その名は日本に連なる妙なる国家群では特別の響きを持つ。彼女の10代ほど前のご先祖が、最強運の武勲艦として有名だからであった。

 今、完成して処女航海を待とうとしている彼女にわざわざその名を政府が与えたのは、先祖にあやかり、その艦に特別の幸運を与えようとしたからである。
 その艦の乗員の平均年齢は10歳であった。だから、なによりもなによりも縁起がいい名前をつけたのである。

 その、まだ主電源が入っていない艦の艦長席で髪の長い日本人形のような女の子が猫から貰った手紙を読んでいる。 艦橋前方、つまり下には 青い火星が広がっている。だから黒くて長い髪も、艦長席からはるか前方に伸びていた。

「八重咲委員長…なんですか? それは?」
「猫…?知りませんか?」
「いえ……知ってはいますが……なんともその、ここにはなんとも不似合いで」
「そうかしら。……ご苦労様。必ず行くとお伝えください」
 八重咲艤装委員長は優しく笑うと虎縞猫を見送った。頭を下げて走っていく猫。

「殿田少佐」
「はい?」
「七海将軍に連絡。ポイポイダーの回収、急げ。それと、出港準備を24時間早める。タイムスケジュールを繰り上げて。セイカは直接月面で拾う」

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一方その頃。

 精霊の炎で鍛えられた細剣を吊り下げ、白馬に乗った羽帽子の少年は、太った白猫から、大事そうに手紙を受け取った。

「で、どうするの?」 白馬エクウスが尋ねた。
「決まっているだろう、王子たるものは…」 羽帽子の少年エリンケ王子は言った。
「国民の血税で駄目なことをするんだろ」 自らも納税者である白馬は言った。
「そうだ! それでこそ国民も胸がすくというものだ!」 エリンケ王子は堂々と言った。細剣を抜き天に掲げる。細剣が内なる光で燃え上がった。
「僕、王子の頭の悪いところ好きだよ。じゃあいこう」 白馬は言った。

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一方その頃。

「兄者ぁ!」
「弟よぉ!」
 二人同時に猫より手紙を受け取った馬鹿兄弟は己の服をびりびり破りながら筋肉を盛り上げ、ポージングした。兄は現在外資系サラリーマン。 弟は家事手伝いである。

「やっと出番だな兄者ぁ!」
「おぉ! シリーズが終わるかと思ったぞ!」
 ネクタイだけになった短い髭の兄は鎧を身につけ始めた。
エプロンだけになった弟は壁にかけた二振りの剣鈴を取ると片方を兄に投げる。

 そして二人で微笑むと、今度こそ誇りを完遂してやろうと再び輝きだした剣鈴に口付けした。

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そして。

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一方その頃。

「まあ、かわいい。アンタ、見て」

妻に呼び出され、居酒屋の親父は、厨房から出てきて、それを見た。
手紙をくわえた三毛猫だった。

 震える手で手紙を受け取る。

朱印の肉球。それは猫語で僅かに一文、

<All for One, One for All.>

と誇らしげに書かれていた。それこそは反撃の開始を示す大号令であった。

手紙が燃え上がる。灰も残さず燃え尽きた。

 それは老猫の心意気を示すかのようであり、その長い猫生の最後の最後において、善き神々本来の座するところたる、正義の大旗の下に戻ってきた 誇らしげな喜びだけが綴られていた。

「アンタ……?」
妻が、居酒屋の親父を見ている。

親父は涙を流すと、歳をとると、些細なことでも涙もろくなっていかんねえと言った。

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翌日、居酒屋の親父は居酒屋をたたみ、学生食堂をはじめた。

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 速水たちが初陣を飾ったその日、居酒屋の親父改め、味のれんの親父は大昔に三千世界を旅して集めてきた数ある土産物の中から、小さな小さな祠の模型を 探し出し、店の目立たないところに置いた。

その祭神は靴下でも商売繁盛の神でもなく、なぜか子供の守り神でもある農耕の女神である。
否、親父はそれこそが最善にして最高の商売繁盛の選択であると思った。断固としてそれを願ったのであった。

そしてうやうやしく新製品であるアップルパイをささげ、そして、祠に背を向けると新装開店した。

戦時中の熊本で唯一新装開店したその大馬鹿野郎の店は、わずか3ヶ月の営業で後々まで語り草になる伝説級の赤字をあげることになる。

つまりはそう、この親父もまた、巨人、猫、犬、兎、鳥に引き続き、本来あるべき自分の場所に帰ってきたのである。それは善き神々とあしきゆめが対決し、 幾千もの思い渦巻く物語という名の大舞台の一角である。

それは熊本の誇る計算が適当な店の主人として、鉢巻をきりりと巻いて戻ってきたのだった。