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「虫オンナ」企画 再掲載
桝田 省治

 この企画を面白がった友人の作家たちが数社紹介してくれたのだが、「ホラーは売れん」「ラノベじゃ無理」「うちの読者に合わん」「部数が読めん」など、さもありなんな理由で断られましたとさ(笑)。
 というわけで、再掲載しておくので「ウチなら出せる」という怖いもの知らずな編集者さま、いらっしゃいましたらいつでもお声をかけてください。
 ただし、僕は「これ、ホラーじゃないよ」「イラスト付きの軽い娯楽小説(ラノベ)を中高生しか読まないと勝手に決めるな」「大ヒットするとは思わんが読者はそこそこいる」と思っているので、そこのとこよろしく。


●虫オンナ

○趣旨:
 ようするに「鶴の恩返し」あるいは「人魚姫」など、人外の女が人間の男に恋し、人の姿になって現れその男につくす……それの「虫」版。
 本作のポイントは、男のもとを訪れる女が、鶴とか人魚とかイメージが美しい生き物ではなく、生態が人間とはかけ離れた「虫」であること。
 見どころは、3つ。
1.虫オンナ本人は、惚れた男のためによかれと思ってやることがことごとく“虫の価値観”“虫のルール”ゆえにずれる。
 場合によっては、男の生命すらも危機に陥れる。
 その哀しくもおかしく、ときにグロテスクだが、虫オンナ本人は必死な様。
2.虫オンナは、元が「虫」なので人間にはないさまざまな能力を備えている。
 この超能力を虫オンナがどの場面でどんな風に使って、男を助けて状況を逆転するか。
3.虫オンナに振り回されつつも、虫オンナの思いを知り、徐々にその生態にも慣れ、果ては虫オンナとの奇妙な生活を受け入れる男の変化。ようするに壊れていく様。

○主人公と舞台:
 現代。主人公は、うだつの上がらない高校生男子。肉体も頭脳も容姿も人並み以下。性格は消極的。
 以前の学校でいじめに合い、県外に転校。現在はアパートにひとり暮らし。
 唯一の長所は「虫も殺さない」優しさ。その唯一の取り柄が次々に虫オンナを呼び寄せていく。

○構成案:
【n】の表記が10~12ページ、1節分

●序章
【1】
 現在の状況。主人公(純也。18歳男、高3)、夏休み後半、一人暮らし。
 純也と虫オンナの奇妙な共生関係。
 純也は、虫オンナに殺す男を指示する役。

 子供のころに肥え溜めに落とされ、ひとりで這い上がれず、発見されるまで半日つかっていた記憶。
 それ以降、「うんこ」と呼ばれいじめを受け、現在に至る。
 唯一の味方は、幼馴染の女の子H。登校拒否気味の純也を毎朝迎えに来ていた。
 だが、そのHとも中学入学後は徐々に疎遠に。
 純也自身、臭いが消えないと今も思っている。

●1章
【2】
 蟷螂(かまきり)オンナ、キリコとの最初の出会い。
 回想3年前、中3夏休み前。
 純也は、不良グループからいじめられ、恐喝される。
 不良から逃げようとするが、逃げている最中に蟷螂を踏みそうになり転倒。
 不良たちに追いつかれ、殴られ蹴られした挙句に塾の夏期講習代を財布ごと奪われる。
 純也の身を案じた幼馴染Hに事情を訊ねられるが、純也は拒否する。
「俺を慰めたいならやらせろ」と乱暴に迫ると、「弱虫!」とHに平手打ちを食らう。
 自分が情けなくなった純也は、自殺を考えて校舎の非常階段を上っていく。
 その途中で緑色のワンピースを着た美しく可憐な幼女キリコに出会う。
【3】
「死んだってどこにも逃げられないよ。私なら別のところに連れってあげられる」
「どうやって?」と問う純也に
「お嫁さんにしてよ」とキリコが唐突にプロポーズする。
 自暴自棄になっていた純也は苦笑しつつも承諾。
 数日後、キリコは、不良にとられた財布を純也に「拾ったよ」と返す。
 お礼にキリコのリクエストでアイスクリームをおごる。キリコは、初めて食べたと大喜び。
 純也は、自分を恐喝していた少年たちが次々に惨殺されていることを知る。
 異常な死に方だ。首は落とされ手足がもがれ内臓が食われている。しかも密室。凶器も不明。
 捜査中の刑事Aに事情聴取を受けた際、純也がキリコを「妹だ」と言うと、キリコが「お嫁さん」と訂正する。
【4】
 純也は、塾の夏期講習に行かず、キリコとの奇妙なデートを繰り返す。
 キリコは、最初はほとんど表情がなかったが、次第に感情が豊かになる。
 また、見た目は幼女のままだが、純也が読んでいたラノベや漫画で言葉を覚え、話の内容も大人びてくる。
 純也は、キリコの純真無垢な心と時折見せる艶めかしさ、自分にはない野蛮で大胆な行動力(純也の唇を奪う、腕にかみつくなど)に次第に惹かれていく。
 だが、相手は幼女なので、気持ちを告げることはない。
 夏期講習にさぼっていることをなじられ、幼馴染Hとは、ますます疎遠になる。
【5】
 夏の終わり、キリコは純也に「しばらく会えない」と告げ、次に会う場所と日時を伝える。
 そして、唐突に「目印に」と自分の前腕を傷つけて純也のイニシャルJを刻む。
 殺人現場近くで緑色のワンピースを着た幼女が何度か見かけられた、との噂を幼馴染Hから聞く。
 注意を受けるが、純也は聞く耳をもたない。
 純也は、幼女キリコに対する愛情を自覚する。
【6】
 不良少年たちは、幼女の情報を得ようと純也を拉致し暴行する。
 純也は、耐えきれずキリコと会う場所を白状する。ただし、日時は1日前。キリコはいるはずがない。
 不良少年たちは、財布を取りあげたのち、純也を解放する。
 純也は、キリコのことを思い、急に不安になる。いてもたってもいられなくなり、ナイフやバットをもって、キリコと約束した場所を訪れる。
【7】
 そこには不良少年の惨殺死体が転がり、その中ほどにキリコが立っている。
 だが、キリコと思われた物は、幼女の抜け殻で中身がない。
 純也がキリコの名を呼ぶと、頭上からよわよわしく純也の名が呼ぶ声が聞こえる。
 暗闇を見上げると、純也よりやや年上に見える裸身の少女が逆さまにぶら下がっていて目が合う。
 よく見ると少女の身体は、半身がグシャグシャで融けたような状態だ。
 少女の腕がだらりと垂れる。その腕にはJのイニシャルが刻まれている。
 手から純也の財布が落ちてくる。
「拾ったよ」と少女。
「何があった?」と訊ねると、少女は「身体が固まる前に、強引に脱ぎ捨てた」と応えたのち、「大きくなって純也のお嫁さんになって純也を食べたかった」と続ける。
「抱いてよ、純ちゃん」
 事切れた少女が純也の上に落下。
 純也は、抱きとめようとするが、落下の途中で少女が消失。
 純也の手のひらに脱皮しそこねた半身のない白い蟷螂の死体が残る。
 純也は、自分の弱さ、判断の遅さがキリコを殺したと嘆く。
 その後、純也は警察の事情聴取を受ける。
 刑事Aに「純也には妹がいない」件を追求されると、純也は「もういないんだ」とだけ応えて口をつぐむ。
 結局、犯人は見つからない。

●2章
【8】
「そりゃあ、犯人は既に死んでるんだから、どこを探してもいないよね。だいたい人間でもないし!」
 再び現在。死んだはずの少女キリコが純也の前で、「あの頃の純ちゃんは可愛かったわ」とクスクス笑っている。
「そういえば、なんで俺の前に現れたんだ? いつかつぶさないように避けて転んだから?」
「違うよ、純ちゃんは私の獲物。前から目をつけてたんだから、取られてたまるかって」
「前から? じゃあ、俺を食うつもりで近づいたのかよ?」
「最初に、お嫁さんにしてって、ちゃんと断ったはずよ」てなチグハグな会話。
 その後、「肥え溜めに落ちたとき、暇つぶしにたまたまそばにいた蟷螂にキリコと名をつけた」「そういえば、その後も蟷螂をよく見かけた」てな因縁話を入れる。
 今年のターゲットは、「このあたりの地上げを生業にする新興の暴力団」と、純也が発表する。
「それっておいしいの?」とキリコが質問する。

●3章
【9】
 蟷螂(かまきり)オンナ、キリコと出会った翌年、高1の夏。
 純也は、別の高校に進学した幼馴染Hが大学生と思しき男とラブホテルに入ろうとするところを目撃する。
 目が合う。Hは純也をじっと見つめる。だが、大学生に声をかけられてホテルに入る。
 それを見送った純也に「あの人の匂いは、止めてほしいって言ってたよ」と声をかけたのは、死んだはずのキリコに生き写しの幼女だ。
 思わず「キリコ?」と声をかけると、幼女はキョトンとしている。が、しばらくすると、
「あなたが純ちゃん?」と逆に訊ねる。
 幼女は、去年死んだ蟷螂オンナの姉妹の卵から今年産まれたらしい。
 幼女は、去年の蟷螂オンナの記憶も持っている。
「強い感情は、人間の言葉より明解に、匂いや味で同種族に伝わっていく」と説明する。
 そして、「今は私がキリコ」と名乗り、純也にぶら下がるように腕をからませる。その腕には純也のイニシャルJを刻んだ傷跡も残っている。
【10】
 幼女キリコは、再び純也にプロポーズする。
 純也は、むやみに人を殺してはいけないなど、人の世界で生きていくためのルールを守ることを条件に承諾する。
 キリコは、このルールに納得がいかない風だが、純也が嫌なことはしないと約束する。
「そんなに俺のこと好きなの?」
「うん。食べちゃいたいくらい」
「俺を食うの?」
「弱虫は嫌い。いつか純ちゃんが強いオスになったら。そのときお嫁さんにしてもらう」
 純也は、自分がキリコに食われる様を想像し、口元が緩む。
【11】
 はた目から見れば異様だが、ふたりにとっては楽しい日々がしばらく続く。(夜な夜な野良猫狩りなど)
 ときどき何者かの視線を感じることがある。
 キリコは、純也との約束を忘れたかのように凶暴な一面を時おり見せる。
 だが、純也は、攻撃的な性格のときのキリコにも惹かれていく。
 またしても惨たらしい殺人事件が起きる。殺されたのは、純也が思わず「寄生虫」と評したホームレス(?)たちだ。
【12】
 純也はキリコを疑うが、キリコは自分ではないときっぱり否定する。
 そこにキリコと瓜二つのもうひとりの幼女が姿を見せる。
 それは、キリコと同じ卵から産まれた姉妹で、ときどきキリコのふりをして純也と遊んでいた。
 時おり凶暴な様を見せていたのは、この姉妹だったと判明する。
 純也は、姉妹の凶行を止めようとするが、姉妹は、「人間の道徳を押しつけるな」と虫の論理で反論。
 さらには、キリコの名前も、純也も自分のものだと主張。なぜなら、自分のほうが強いからだと言う。
 言われてみれば、人間を食ったせいか、こちらのほうが健康そうで肉付きもいい。
 キリコとその姉妹は、数日後に最後の脱皮が迫っている。脱皮が終わった直後、殺し合いをして、純也は、生き残ったほうのものとなることが、純也抜きで即座に決まる。
 純也は、自分がどちらかを選べば殺し合いが避けられるかもしれないと思うが、選ぶことができない。
 また自分を賭けて戦うふたりのキリコの殺し合いを想像すると今まで感じたことがない興奮を覚える。
 その後も、行きずりの殺人事件が続発する。犯人は相変わらず不明。
【13】
 決闘の日、純也が約束の場所に到着したことを合図に、少女の姿に変わったふたりのキリコの戦いが始まる。
 闇の中、音がほとんどない戦いだ。壁も天井も空間も戦いの場になる。
 戦力は互角。壮絶な戦いが延々と続く。両者とも腕がちぎれ、体液を飛びちらし、満身創痍だが、やめる様子はない。
 純也にも止められない。
 突如、片方のキリコが純也に襲いかかる。
 反射的に純也を守ろうとしたもうひとりのキリコに隙ができ、首が飛ばされて倒れる。
 生き残ったキリコが純也の名を呼びながら、ふらふらと近づいてくる。
 純也にはどちらが勝ったのかわからない。
 純也は、急にキリコが怖くなる。
 手近にあった鉄パイプをつかむと泣き叫びながら生き残ったキリコを撲殺する。
「純ちゃん、やればできるじゃん。来年が楽しみよ」
 キリコはそう言って息絶える。
 その直後に純也を尾行していたらしい刑事Aが現場に踏み込むが、既に純也しかいない。
 刑事Aは、純也への嫌疑を捨てず「必ずしっぽを捕まえてみせる」と宣戦布告する。

●4章
【14】
 現在。蟷螂オンナ以外にも数種の虫オンナが加わり、暴力団を食い殺す作戦会議が、まるでクラブ活動のようなにぎやかさで和気あいあいと続く。
 その集団の中に刑事Aもいる。うんざりした顔で黙り込んでいる。
 会話の過激さは、どんどんエスカレートしていくばかり。
 その中できわどい冗談を言えるほどに、純也は虫オンナの感覚に馴染んでしまっていることにふと気づく。
 いつから自分はこんな風になってしまったのか。
 純也は、初めて虫オンナたちに殺人を指示した去年の夏の出来事を思い出す。

●5章
【15】
 去年の初夏。高2
 純也は、去年同様に、蟷螂(かまきり)オンナの幼女キリコと奇妙な関係を続けている。
 純也は、半年前から行方不明になっている幼馴染の女性Hを心配していた。
 Hが素行の悪い大学生グループに付きまとわれていたのを知っていたからだ。
 純也の気持ちに、キリコは気づき、人間の女のように嫉妬する。
 ある日、行方不明のHによく似た3人の少女が純也とキリコの前に姿を現す。
 少女たちは、一斉に「助けて純ちゃん」と叫ぶ。
【16】
 キリコは、その少女たちが虫オンナだと見抜き、一触即発状態になるが、なんとか純也が止める。
 少女たちが何の虫オンナなのか、種類がわからない。加えて、片言の人間の言葉を喋っているが、なかなか意味が通じない。
 キリコが仲介し、最初にわかったことは、行方不明の幼馴染Hは既に死んでいて、目の前の少女たちはその遺体に産みつけられた卵から孵った虫オンナだ」ということ。
 3人の虫オンナそれぞれが、死んだ幼馴染Hの記憶を断片的に持っている。
「人間のオス数匹が力づくで交尾した」などの話を総合すると、幼馴染Hは、大学生グループに強姦されたのちに生きたまま山中に埋められている。
「助けて純ちゃん」は、幾度も繰り返されたHの断末魔であったため、虫オンナたちの記憶に刷り込まれたようだ。
【17】
 純也は、幼馴染Hが自分に好意をもっていたことに今さら気づき、怒りに燃え復讐を決意する。
 それもただ殺すだけでは足りない。幼馴染Hが受けた恐怖や苦しみを味あわせてやると誓い、虫オンナたちに協力を求める。
 が、虫オンナたちには、純也の気持ちが理解できないらしくうまく伝わらない。それをキリコが独特の言い回しで通訳し、虫オンナたちを納得させる。
 問題は、Hを殺した大学生グループは3人だが、虫オンナたちはそのうちの1人しか覚えていないこと。
 とりあえず幼馴染Hに似た虫オンナたちの1人を囮にし、不良学生の1人を捕まえることになる。
【18】
 不良学生のひとりを、虫オンナの1人が誘惑する。まんまとおびき出された不良学生は、その虫オンナと性行為に及ぶ。
 虫オンナは男の身体にねっとりと吸いつく。
 快感に男がうっとり。
【19】
 虫オンナが吸いついた箇所から出血している。
 だが、快感が勝るのか男は気にとめない。
 出血が止まらないことにやっと気づいた男が虫オンナに反撃。
 そこに純也とキリコが踏み込む。
 キリコに傷をさらに深くえぐられ、男は共犯の2人の名前を白状する。
 純也が怒りに我を忘れ、とどめを刺そうとするが、「蛭(ひる)は、雌雄同体なのよ。これからもっと面白いことになる」とキリコに止められる。
 見れば、蛭オンナの下腹部から角状の物が生え、それが男の腹の傷に深々と挿入される。
【20】
 2人目の大学生も、幼馴染Hに似た虫オンナの誘惑に乗る。
 男は、すっかり欲情し虫オンナの衣類を脱がしつつ、身体をまさぐる。
 虫オンナと大学生は、情熱的なとキスを繰り返す。男は歓喜の声を上げる。
 だが、その声は悲鳴に変わる。喉をかきむしる。その喉や胸にみるみる穴が開く。それを押さえつけて虫オンナはさらに口づける。
 その虫オンナの正体は、蜘蛛(くも)オンナ。獲物の肉体を内側から溶かす唾液をドクドクと注ぎ込んでいく。
【21】
 3人目の男は、以前Hと付き合っていた大学生だ。
 共犯の2人が行方不明になっているので警戒している。
 さらに刑事Aが純也たちをしつこくマークしている。
 そのため3人目の大学生が虫オンナを目の前で拉致して、車で逃走するのを防げない。
 刑事Aも2人の行方を探す。翌日、大学生は見つかるが、さらわれた虫オンナは見つからない。
 数日後、瀕死の虫オンナが山中で見つかる。虫オンナは、生きているのが不思議なほど衰弱しきっている。
 幼馴染H同様に暴行されたのちに生きたまま埋められたが、自力で脱出したようだ。
【22】
 虫オンナは、純也の姿を見ると、薄笑みを浮かべて息を引き取る。キリコが小さな虫に戻ったオンナをつまみあげて、あっという間に口に放り込む。
「ここにいた女はどこに消えた。なんなんだ、おまえらは!?」と刑事Aに問われるが、純也は「幼馴染Aもあの男に殺された」と言う以外、黙秘。
 純也は仇を討ちに行こうとするが、刑事Aに「はやまったことをするな。ここから先は警察の仕事だ」と釘を刺される。
 キリコにも止められる。
 キリコは笑いながら純也に耳打ちする。それを聞いて純也はゲラゲラ笑いだす。
 刑事Aは、純也たちを怪訝な顔で見る。
【23】
 後日、刑事Aから純也に電話。
「取り調べ中に例の大学生の身体が破裂し、地蜂の幼虫が無数にわきだした。いったい何をした?」
「俺が言うこと、信用してくれるなら話してもいいですよ。こっちも聞きたいことがあるし、近いうちに会いましょうか」
 純也は、成体になったキリコとベッドを共にしていた。純也の身体は、キリコに噛まれて傷だらけ。
 純也はキリコに問う。
「おまえ、もうすぐ死ぬんだろ?」
「うん、あとちょっとでね」
「そういえば、俺のことまだ食わないのか?」
「だって純ちゃんが死んだら、来年私のこと覚えていてくれる人、誰もいなくなって寂しいものね。でも純ちゃんは私のもの」
「ああ」

●終章
【24】
 暴力団の事務所があるビルの前の道に数え切れないほどの虫オンナが集まっている。
 壁や窓や屋上にもとりついている。
 その中には、羽のある者、触覚が生えている者など、明らかに人間の姿でない者も混じっている。
 純也とキリコは、その様子を近くのビルの屋上から眺めている。そこには刑事Aもいる。
 純也に暴力団事務所の襲撃を勧めたのは、刑事Aだった。
 しばらくすると、窓ガラスが割れる音、悲鳴や銃声が無数に響く。
 刑事Aは、事実を隠ぺいするために純也を銃で撃つ。
「人間の面倒くせえ理屈を押しつけるんじゃねえよ」と純也は叫び、最後の力を振り絞り、刑事Aの首に食らいつき、噛みちぎる。
「純ちゃん、かっこいいよ。好き、好き」と、虫の息の純也にキリコがすがりつく。
 純也は、キリコが自分の身体をムシャムシャと食べる音を聞きながら、強烈な快感を覚える。
【25】
 翌年の夏。
 幼女キリコが純也によく似た男の子の手をひいて、雑踏を歩いていく。2人は、行き交う人々を楽しげに見ている。
 キリコがお姉さん口調で男の子にアドバイスをしている。
「群れから離れている動きが遅いやつや弱そうなのを狙うのよ」
「食べるの?」
「生き残るためのルールなのよ」
「ふーん。ルールじゃ、しょうがないね。でもたまには他の物も食べたいな」
「じゃあ、あとでアイスクリームを買ってあげる。バニラがおいしいの」


(ちなみにイラストは、下記の方にラブコールを送ったら、前向きなよい返事がもらえた)
http://www17.plala.or.jp/shiffon/gallery.html