……という方と、一日も早く「2」を読みたいというせっかちな方のために、ちょうどいいシーンが「2」の1章2節にあったので、そこを抜粋します。
─2─ 駒子、ミカンを剥く。
駒子は、物欲しそうにミカンを見つめる久遠の視線を感じていた。
だから、わざと車窓に目を逸らした。
あいにくの曇り空。楽しみにしていた富士山は、裾野しか見えなかった。通り過ぎていく茶畑を眺めながら、一月【ルビ:ひとつき】前に起きたあの騒動のことを思い出していた。
まだ残暑きびしい九月の下旬。連続怪奇事件の発端は、県大会を一週間後に控えた土曜の深夜、もしかしたら日曜の早朝だったかもしれない。
駒子は自室のベッドの中で夢を見ていた。
夜鳥子【ルビ:ヌエコ】と名乗る平安時代の女陰陽師と会った。自分の遠い先祖だと言う。
話を聞けば、新校舎の建設中に塚が壊れ、そこに封じられていた五匹の鬼が学内に解き放たれた。夜鳥子の目的はその鬼退治。ついては力を貸してくれと頼まれた。
正義感の強い駒子は、一も二もなく協力を約束した。
放置すれば、鬼たちが生徒や先生に取り憑き、食い殺すと聞かされたからだ。
……と言っても夢の中の話だ。
朝、目を覚ましたときには、駒子は約束のことなど半ば忘れかけていた。
裾【ルビ:すそ】にクロスして手をかけ、寝巻きがわりのトレーナーを脱ぐ。
ブラを着けようとしたとき、胸の膨らみを覆う青い線が目に入った。
慌てて姿見を覗く。胸、腕、腹、足、身体のいたるところに、蛇、蟹【ルビ:かに】、猫、蜘蛛【ルビ:くも】。
青いマジックで落書きされているのかな、……と最初は思った。
──うわッ! なによ、これ!?
心の中で叫んだら、鏡に映った自分が
「気にするな。ただの商売道具。儂【ルビ:わし】が飼っておる式神たちだ」と応えた。
駒子は悲鳴をあげていた。
「落ち着け、馬鹿者。この程度のことで、いちいち驚いていては鬼は斬れぬぞ」
また、口が勝手に動いた。
階段を駆け上がるけたたましい足音で、駒子は我に返る。
「どうした、駒子! 大丈夫か?」
父親【ルビ:パパ】の心配そうな声が扉の向こうから聞こえた。
「あ、ごめん。窓を開けたら、蛾が飛びこんできただけ。もう追い出したから」
左の肩口に描かれた群青色の蛾を見て、駒子はとっさに嘘をついた。
「な~んだ、驚かせるなよ」
父親の声が階段を降りていくのを確かめてから、駒子が訊く。
「あんた、誰? 私の身体の中で何やってんのよ?」
──鬼切りの夜鳥子【ルビ:ヌエコ】だ。昨夜、貴様は儂【ルビ:わし】に力を貸すと約束したはずだ。
頭の中に、夢の中で聞いた声が響いた。
「じゃあ、なに。鬼が学校にいてみんなを食べちゃうっていう話も本当なの?」
──儂がここにいるのが、いちばんの証拠。
「力を貸すって、私、何やるのよ?」
──貴様は、狩りの間、儂に身体を貸せばそれでいい。あとは儂がやる。
「やる? やるってどうやって?」
──憑いた人間ごと鬼を斬るのが常套【ルビ:じょうとう】。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私に人殺しの片棒を担げって? 絶対にイヤだ!」
──一月【ルビ:ひとつき】もすれば、貴様の学校は鬼の巣窟【ルビ:そうくつ】になるぞ。かまわぬのか?
「そうじゃないけど……。そんな酷いことするなら協力しない。この話はなし!」
「では、どうしろと!?」
夜鳥子も慌てていたのだろう。わざわざ駒子の口でまた喋っていた。
駒子は、夜鳥子の説得にも脅しにも屈しなかった。結局、夜鳥子のほうが折れ、妥協案が出された。
その内容は、駒子が陸上部で鍛えた足を活かし囮【ルビ:おとり】となり、鬼を日輪【ルビ:にちりん】ノ陣に誘いこむ。その中で夜鳥子が人から鬼を引きはがした後に鬼だけ葬る、という苦肉の策だ。
ちなみに日輪ノ陣というのは、人間と鬼を分離する力を持つ魔方陣のこと。
そして、命懸けの“鬼ごっこ”が、月曜から始まった。