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強請(ゆす)られる夢
桝田 省治

 気がつくと椅子に縄で縛られて座っていた。
 僕の前にいるのは、男女一組の強盗だ。
 女が山のような形をしたつばの広い青い帽子を鞄からとりだす。
 帽子の正面には、何かのキャラクターを模したのだろうが、元が何なのかわからない稚拙な黄色い鳥の顔がついている。
 それを僕の頭にかぶせる。
 すかさず男がカメラで僕の姿を撮影し
「金を払わなければ、この恥ずかしい写真をネットに流す」と僕を脅す。
 さらに、男は、絶版になって久しい、やっと手に入れた20巻セットの文庫本の中ほどから適当に3冊抜き出す。
 つばをつけてページをめくりながら
「金を払うまではこれは預かっておく」とニヤニヤ笑う。

 ……ここで目が覚めた。
 自分の夢とはいえ、なかなかピンポイントに攻めてくる強盗だと思った。

柚子およびりんごジュース
桝田 省治

 子供のころから今に至るまで柚子が苦手だ。
 ……というか、口に入れると気持ち悪くなる。

 今日、昼にカレーを作った。
 肉がなかったので冷凍庫でみつけたツミレを代用。
 鍋に放り込んでから、ツミレに柚子が入っていたことに気づく。

 だが、食えた。いや、不思議なことに柚子が美味かった。
 カレーの香辛料のひとつとして機能した場合の柚子はアリだ。
 半世紀かかっての個人的大発見である。

 その柚子入りカレーを食べていたとき、りんごジュースを飲んでいた娘が「お母さんってりんごジュースの匂いがするよね?」と同意を求めてきた。

 ――りんごジュースの匂い

 そう言われてみれば、そうだった気もするが、記憶があいまい。
 というわけで、昼から妻の帰宅が待ち遠しかった。

 9時ころ帰宅した妻の後ろから忍び寄り、クンクン。
 結局よくわからなかった。
 なぜなら、

「気持ち悪いからやめて」と言われたからだ。

点滴のお供その2 伊坂幸太郎
桝田 省治

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●ラッシュライフ 伊坂幸太郎著

「面白いから読め読め」と言われると「そのうちね」と言いつつ結局読まないことが多いのだが、100円コーナーにあったので試しに買った……のがたぶん1年ほど前。
 点滴のお供に読み始めた。
 いわゆる群像劇、今どきの言い方だとパッチワークという手法らしい。
 1節ごとに5人ほどの視点がくるくる変わる。
 その5人ほどのお話が交わりそうで交わらず、もどかしい。
 さらに、その5人およびその周囲の人物が癖者ぞろいで、話があれよあれよと言う間にあらぬ方向に展開する。
 その興味だけで十分に読める。
 どう収拾をつけるのか、本の半分ほどを読み終えて気になり始め、よせばいいのに解を分析してしまった……。
 で、話の構造自体は、予想の範囲を越えなかったものの、確かに僕に奨めてくれた多くの人の弁どおり面白かった。
 次々に登場する人物がほぼ全員、探せばもしかしたら世の中にはいるかもしれないギリギリ感で、ヘンでかつ実在感がある。
 会話の端々に出てくる引用がマニアックというほどではないが、これもまたギリギリでニヤニヤできる。
「バラバラ死体が歩く」謎とか、マンガみたいな謎が平気で出てくる。このわかりやすい引きも笑える。
 ようするに、とてもセンスがいい。
 楽しい40分(点滴1回の所要時間)だった。

 100円の「グラスホッパー」もキープしてあるので、伊坂幸太郎さん、続けてもう1冊読んでみよう。

天冥の標 1上下 2 小川一水著
桝田 省治

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 SF小説はわりと読むほうだが、とくにSFマニアというわけではない。設定が複雑なもの、科学用語が山のように出てくるもの、すぐに投げてしまう。
 なので、SF小説としてどうなのかは、僕にはわからない。
 が、本作は、エンターティナーとして、というか「ホラ吹き」としての小川一水のレベルがいきなり3つも4つも上がったと感じた。
 深夜にくだらないダジャレをひとりで呟いている男が書いたとはとても思えない(笑)。

 1も2も既存の秩序が崩壊し世界が大いなる危機的状況に転落する様が描かれている。
 が、そこに登場する人物の多くは、したたかで懸命に運命に抗おうとしている、かつ優しい人たちだ。
 そして伝染病の話なのに、スケベ。
 素晴らしい!

 未だ話がどう動くのか、読者をどこに連れて行こうとしているのかさっぱり見えない。
 さらなる「大ボラ吹き」「スーパー大ボラ吹き」へのレベルアップを切に願って、続巻を期待する。

蜂窩織炎(ほうかしきえん)
桝田 省治

 向こう脛がいい感じに腫れあがってきたので病院に行った。
 蜂窩織炎(ほうかしきえん)というものだった。
 足の付け根のしこりが原因かと思ったが逆で、実は向こう脛の患部が原因でしこりができたそうな。
 右足の膝から下を湿布してゲートルのごとく包帯でグルグル巻き。
 そして人生初の点滴。
 文庫本をもちこんでおいてよかったと思ったが……伝染病の話だった。

 湿布薬は、黄色。
「これ、衣服に付着すると絶対に取れないから注意」と言われたが、包帯を巻いている途中から包帯がみるみる黄色に染まる。
 右足だけズボンをまくったまま徒歩5分の自宅まで歩いた。
 雨が降っていて人通りがなかったことが嬉しい。
 明日も湿布、明日も点滴。

 伝染はしないそうだが、この格好で電車に乗るのはとても嫌だ。
 明日の打ち合わせをどうするか……。

 ちなみに蜂窩織炎としては重症だそうな。
「熱が出たでしょ?」と訊かれたが熱は出ていない。
「どうしてこんなになるまで?」と訊かれたので、向こう脛がはれ始めたのは昨日だと応える。
「ああ、もともと身体が健康なんですね」と医者は笑った。
 健康じゃないから来たんだよと思う。

 こういう腫れもののとき、いつも思う。
「いいから切開して膿をかきだして直接抗生物質でもなんでも振りかけろ。泣いたりしないから」って。