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髪を切った
桝田 省治

 もちろん失恋したわけではない。

 長男の髪の毛が伸びて鳥の巣のようになっているのが気になり、長男を散髪に連れて行くために僕も付き合って髪を切った。
 じきに花粉が飛ぶ季節なので、なるべく髪は短いほうがいい。
 ということで、かなり刈り込んでもらうことにした。

 ――3mmである。
 と実家の母に電話で話したところ、生まれたときですらもっと長かったと言っていたから、僕は今生まれてこのかた、一番短い髪のヘアスタイルということになる。

 もうすぐ50歳だから、若気の至りではないが、物の弾み、出来心、魔が差したというやつかもしれないと鏡を見、頭を撫でてみて思う。

 はっきり言って失敗だった。
 似合う似合わないは主観の問題だ。別にどうだっていい。
 普通に暖房していても頭だけが寒い。
 頭が冷たくて、目が覚める。
 しかたなく家の中でずっとフードをかぶって生活している。
 ぜんぜん清々しくない。実に妙な気分だ。

 サムソンがデリラに髪を切られて力を失ったのは、たぶんその時代にニット帽が普及しておらず、かつ寒さから風邪をひいたのが原因に違いないよ。

最近、僕は大人になったと思うんだ
桝田 省治

 ……と次男(中2)が言う。
「なんだ、それ。突然どうした?」と訊ねると、次男はこんな話をした。

 最近、お母さんと喧嘩をしなくなった。
 たとえば、お母さんが電話をしているときは「テレビの音量を下げろ」と言うくせに、僕が電話をしているときはお母さんは「聞こえない。うるさい」とテレビの音量を上げる。
 この類の理不尽さに、ちょっと前まではイチイチ頭にきてそのたびに喧嘩になったが、今はもう慣れた。
 そういう点が自分は大人になったと感じる。
 さらには、お兄ちゃん(長男)の凄さもわかるようになった。
 なにしろ、小学生のころから、お母さんの理不尽さや僕や妹の屁理屈に、怒ることもなくかつ相手を怒らせることもなく受け流してきた。
 今思えば、これは凄いことだ。

 次男の答は、だいたい以上のような主旨だ。
 で、今度は次男が僕に訊ねる。

「お父さんは、お母さんの理不尽さを承知していて結婚したのか、それとも結婚してから気づいて慣れたのか、どっち?」
「理不尽さが面白かったから結婚した……と言ったら信じるか?」
「いや、もしそれが本当だとしたら、僕はまだ大人になってないかもしれないね」

 ま、大人にもいろいろあるとは思うし、僕のような大人になってほしいともぜんぜん思わないけどな。

最近読んだもの + 雑記
桝田 省治

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●反乱のボヤージュ 野沢尚著

 連作短編集としての作法をしっかり押さえつつ、手を変え品を変え「お見事」な展開で水準以上の面白さを中盤までキープ。
 最後は期待通りの熱い展開とホッとするオチでまとめて、読み終えてみれば「元は取れた」と言うか「いいお話を読んだ」と言うか……やっぱり野沢尚、さすがにうまいなと感心。
 こういうネタへの興味は、同世代なんだなと感慨深い。


 昨日は、午前10時から午後4時くらいまで、アルファの須田くんと浅草某所で密談。
 もう一度だけ、SCEJに2の企画を出しましょうということだけ決まった。
 そのあと4時半から神楽坂でハヤカワの編集と水玉さんと「ジョン&マリー」のイラストの打ち合わせ。
 水玉さんと会うのは初めてだったので、ちょっと緊張した。
 ぜんざいを食べたのは、たぶん10年ぶりだ。


●サマー/タイム/トラベラー 新城カズマ

 仕事の資料として読み始めた。
 仕事の資料として読むには、かったるい小説で、時間ばかりとられてあまり役には立たなかった。
 だが、学生時代に読んだ懐かしい本のタイトルがあちこちに出てきて、それが過ぎ去りし日々を思い出させてくれて、古い酒をゆっくりと舐めているようでなんとも心地よかった。
 タイムトラベル物のSFやファンタジーが好きな人が、同好のために書いたような小説だ。
 そういう趣味の人にしかお勧めできないが、少なくとも僕は面白かった。
 というか、ヒロイン悠有にちょっと萌えたかも……。でも、犯人探しのいわゆるミステリー部分は、とってつけたようで、ファンの方には申し訳ないが、酷いと思う。

 ちなみに僕がお勧めするタイムトラベル物は、「夏への扉」を別格として除けば、「トムは真夜中の庭で」が一番好き。
 次点は、「ジェニーの肖像」。


●安政五年の大脱走 五十嵐貴久著

 文庫本なので表4に150文字ほど「……という状況で、さてさてどうなりますことやら」と導入部分の設定が書かれている。
 500ページほどの本なのだが、200ページ使って、やっと表4の状況になる。
 そこから先は面白い。
 が、後ろの300ページがいくら面白かろうと、エンターテイメントとして、これじゃダメでしょ。
 冒頭を火事や殺人から始めろとは言わないが、最初の200ページが大して盛り上がらない設定説明やキャラ紹介じゃ、気の短い人は投げるだろう。 
 もちろん、最初の200ページが無駄なわけではなく、後々伏線として機能する情報も多々ある。
 だけど、削れるところはあるし、小説は時系列にそって書かなければならないという決まりがあるわけじゃないのだから、構成を工夫すればもっと「すぐ面白い」作品にできたはずだ。
 せっかく面白い素材なのに、ようするに編集がヘタ、あるいは怠慢だ。

 そういえば、この表紙のイラスト。 こんなシーン、どこにもない。
 ウソも大概にしとけ。

秋の読書
桝田 省治

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●恋人よ 野沢尚著

 油断した。
 娘の塾が終わるまで三時間ほど待っている間、上下巻で600ページ以上あるから、帰りの電車まで何とか暇つぶしにもたせようとゆっくりめで読もうと思っていたのに。
 あまりに面白くて一時間ほどで読み終えて、二時間ぼんやりする羽目になった。
 自分にこんな集中力がまだあるとは思ってなかったよ。

 構成から部品まで、とにかくあざとい恋愛小説だ。
 とくに主人公の手紙の内容。
 思い出しただけで、こういう作り話に引き込まれた自分に腹が立つ。
 こういうもんは読みたい話じゃない。
 書きたい話だ。

 くそ。腹が立つ。
 ホントうまいなあ、野沢尚。
 たぶん、僕が読んでいない彼の著作物はあと2冊か3冊だ。
 生きていれば同い年のくせに。
 それも無性に悔しい。
 こんなに腹が立ったのは久しぶりだ。


●方舟は冬の国へ 西澤保彦著

 PCエンジン版のリンダキューブのキャッチフレーズが、確か「箱船は星の海へ」だったっけなあ……と思いながら読みはじめた。

 赤の他人である成人男性、成人女性、10歳の少女の三名が、とある別荘で夏の一ヶ月間、仲のいい家族の振りをする。
 なぜ、こんなことをしなければならないのか?
 てな、趣向である。

 その答自体は、はっきり言えば「そんなオチかよ(笑)」だった。
 だが、そこに至る寸前までの話はワクワクしたし、ここまで突飛な設定にした段階で万人が納得できる着地点などないに等しい。
 その中で、とりあえず口当たりのいいハッピーエンドだったから、
 まあ、よしとしておく。


●夏のロケット 川端裕人著

 途中で投げた本が三冊ほど続いて、秋だというのに読書意欲が失せ気味になっていたが、

 これは面白かった!!

 高校時代に手製のミニロケットを打ち上げていた少年たちが大人になってもその夢を追い続け、ついに……という話。
 設定自体が「クライマックス」に向けて、ハナからご都合主義な部分はなくはないが、「少年の夢を追いかける大人」というバカ者どもの熱量に当てられて、最後には不覚にも感動までしちゃったよ。


●「明日の水は大丈夫?」橋本淳司著
●「食の冒険地図」森枝卓士著
 という本を技術評論社の美人編集者からもらった。
 ThinkMapというシリーズだそうな。
 両方ともけっこう深刻で複雑な問題が専門家の手で取り上げられているにも関わらず、頭のいい人が書いたんだろうね、すごくわかりやすい文章で読みやすかった。
 それに、知らないことを知るのは、いくつになっても新鮮なもんだと素直に思えた本だった。
 こういうの、中学生の夏休みの感想文の課題にして、図書館に置くべき本なんだろうな。


●赤目のジャック 佐藤賢一著

「片目のジャック」のパチモンみたいなタイトルだなと思って読みはじめた。

 フランス版の土一揆「ジャックリーの乱」
 この「ジャックリー」は、英語なら「ジャック」日本語でいえば「太郎」。
 つまり「特定の主導者がいない反乱」とか「名もない平民の反乱」みたいな意味らしい。
 そのジャックがもしも個人としていたとしたらこんなやつだったろう、という内容の小説。

 傑作だと思う。興奮した。面白かった。
 だが、読んだことを後悔している。
 なんか中途半端に嫌な影響を受けてしまいそうだ。
 たぶん僕が小説に求めてないことが書いてあった。

なめたけの瓶詰め
桝田 省治

 子供が冷蔵庫の中にお茶をこぼしたので掃除していた。
 冷蔵庫の中から、未開封のなめたけの瓶詰めが出てきた。
 日付を見ると半年以上前のものだ。
「これ、買ったの忘れてない? 食べたほうがいいんじゃないの?」
 と妻に訊ねると、
 なめたけを使ったナンタラ鍋を作るつもりで買ったのだと言う。
 そのナンタラ鍋、年に一度くらい突然食べたくなるそうだ。
 ところが、注文したなめたけが届いた頃には、食べたい情熱がすっかり薄れていて「そのうち作ろう」と思っていたら、忘れたのだろうと言い訳していた。

 どうりでね。
 冷蔵庫の奥にさらに二本。
 二年前と三年前の日付のなめたけの瓶詰めが入っていたのはそういうわけだ。