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Twitterから抜粋、最近分
桝田 省治

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「まおゆう魔王勇者」の公式ページです。 http://p.tl/XqCi とりあえずこのページの下のほうにある42ページ分の「お試し版」を読んでみて。「書籍化ってこういうことか」とわかってもらえると思う。#maoyu

公式ページのイラスト、小さくてよくわかんないから、pixivかどこかで5巻分のイラストの拡大版をドカンと公開してって伝えておいて。で、アップしたら#maoyuにアドレス載せといて RT @ozaki_t

公式サイトのイラストが小さくて細かいところがよくわからないとご不満な方はこちらをどーぞ! RT @toi81008 pixivに投稿しました まおゆう 魔王勇者 #pixiv http://p.tl/i/15389349 #maoyu


【コンサート】樹原涼子の軌跡と未来 ”クリスマスには”
これから樹原さんの歌を聴きに恵比寿にでかける。

@LiokoKihara えええ、中田喜子さん!?どこにいらしたの?僕は四半世紀ファンだよ。それはそうと今夜のコンサートはほぼ完ぺきだった。5つくらい提案があるがそれは月曜の打ち合わせのときに


【傷だらけのビーナ】執筆した場所はmixiの会員限定「執筆中傷だらけのビーナ」コミュ(http://p.tl/XRdZ)。今回のCPはその舞台裏へのご招待!参加方法は、アマゾンやmixiなどにビーナのレビューを投稿した後「〇〇に投稿」と入会を申請してください。拡散よろ #Vena

@shirasunnyday 「ケスは高山みなみさんでお願いします」とアマゾンのレビューに書いてくれよ。そのコメントを見つけて高山みなみが牛乳を鼻から噴く姿が目に浮かぶようだw #Vena


【俺屍R】イマイチ使えない術の効果を見直すため、15年前に書いた数式と昨夜からニラメッコ。今朝やっと単純かつ効果的な打開策をひらめく。明らかに今の僕は15年前の僕より複雑な数式を組み立てる根気がなくなっているが、その分適当にずるくもなっていると思う


興味深い RT @fujipon2: 読書感想『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』☆☆☆ http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20101222#p1

ラスベガスで大人気らしい忍者装束のくノ一バレー団の凱旋公演を妻と観覧。分身の術が無駄に派手でとくに笑えた。隣りの席に座っていたデーブスペクター夫妻にも大うけ……という夢を見た。

Twitterから抜粋、最近分
桝田 省治

【傷だらけのビーナ】執筆した場所はmixiの会員限定「執筆中傷だらけのビーナ」コミュ(http://p.tl/XRdZ)。今回のCPはその舞台裏へのご招待!参加方法は、アマゾンやmixiなどにビーナのレビューを投稿した後「〇〇に投稿」と入会を申請してください。拡散よろ #Vena

【コンサートの告知】樹原涼子の軌跡と未来 ”クリスマスには”http://ow.ly/33Bi7 12月23日(木)恵比寿駅近くのアートカフェ・フレンズ 昼の部13時半~ 夜の部19時半~。夜の部に若干席があるそうだ。リンダや俺屍の曲もやるって。たぶん僕も行くよ


【俺屍R】一部奥義の廃止と新設、効果と消費健康度の修正。仕様作成作業終了。これに親子2代による奥義の併せを加味するとバランスブレーカーになる恐れがあるが、どーせならと大胆にやってみた。たぶん違う感触のゲームになったと思う。

【俺屍R】日ごろのご愛顧に感謝し、Rのプレイを始める際に俺屍PSPのデータが同メモリ内にあった場合、ゲーム内で「粗品」がいくつか進呈されるよう仕様作成中。なので、俺屍PSPのセーブデータは消さないでおいてください

【俺屍Rから2】養子システムを使ってRから2にキャラの移送は可。ただし、バランスを考慮し、養子は交神は不能、氏神にもならない、歴代勇士録にも載せないと制限を付加。(続く)

【俺屍Rから2】Rでは、オリジナルの剣を作成するシステムを新規追加。せっかくなのでこの剣も2に移送可とする。ただし明らかにバランスが崩壊するので悩んだ末、入手方法自体をちょっとしたゲームにするアイデアを思いついた。ある意味で意地悪な内容なので今ひとりでニヤニヤしてるとこ

【俺屍R】粗品進呈と書いたら思わぬ反響があって驚く。皆さん、粗品がそんなに好きなんですか?粗品と言えば、タオルかボールペンかティッシュか貯金箱かカレンダーか花の種であって、ハムやビールじゃないし、軽自動車でも3億円でもないよw

【俺屍R】旧作のユーザーになにかちょっとしたサービスを、といった痒いところに手が届くような心配りのアイデアは、だいたいアルファから出てる。そういう会社だよ。

【俺屍R】15年くらい前の自分に「なぜ?」と問うても答はない。

【俺屍R】今日は久しぶりに電卓をたたきながら書くタイプの仕様をまとめた。子供のころから式を書くのはわりと好きだが今も計算は嫌いだ。式は合っているはずなのに検算するたびに違う答が出るw

【俺屍R】計算が合わなかったのは、攻撃の標準を剣士、防御の標準を薙刀士というダブルスタンダードにしていたから、という気づいてしまえばアホみたいな理由であった、とさ。15年前の僕は「条件の悪いほうに合わせる」という心の余裕があったらしいよ。トホホ、これで半日潰れた

【俺屍R】昨夜から職業別の被ダメージの出方を見直しているのだが、ベースになる防具の評価値が今ひとつわからない。なぜこんな計算式でバランスがとれてるのだ?ドラえもんに15年前の自分につながる電話を頼みたい気分。あと半日考えてもわからないようなら新規に作る。その前に4時間寝る

【俺屍R】仕様書の作成は個人作業なので、気がつくと家族を含めても三言ほどしか喋ってない日があって急に寂しくなる。そういうときツイッターで本とかゲームの感想を探す。今は発売直後の「傷だらけのビーナ」の感想を読むのが楽しい。
 他人様を少しでも元気づけられたら、との思いこめて、僕はゲームも小説も創作しているつもりだが、実際にはプレイヤーや読者の「面白い」「楽しい」の声に励まされている。バランスのいい仕事だと思う。


土曜の深夜に「桝田」で検索をかけると「桝田さん、かわいい」というツイートばかりで、枡田アナのことだとわかっちゃいるが、少し照れるw

「俺 屍」で検索をかけたら「今クリアした」とつぶやいている方を数人みかけた。10年以上前のゲームなのに、有り難いです。


次男に「受験用のデッサンのコツは?」と訊かれたので、「ビッグマックを見て、どんなに腹が減ってるときでも、具材が山ほどはさまった美味そうなハンバーガーではなく、まず円柱だと思うこと」と応える。

さっき飯を食ってたらノルウェイの森のCFがテレビから流れた。「原作、読んだことあるか?」となにげなく長男に訊いたら「中学のとき英語で読んだからよくわからなかった」と。長男をかっこいいなあと思ったよw

 虫歯の治療で麻酔したのを忘れてくわえタバコ。唇からポロリと落ちて手にやけどしたなう

 妻が数年ぶりにウエディングドレスを虫干しする年の瀬


あ、そうか、忘れてたw RT @Ackey 本日発売の週刊ファミ通の連載コラム"バカタール加藤のアノ人に聞きたい!"、ゲストはゲームデザイナーの桝田省治氏、3回連続の第1回です! 最新刊『傷だらけのビーナ』を始め、いろいろなネタを1ページに詰め込んだ濃厚なインタビューです。

 RT @m_shunou: 「五本指の手ではないほうが機能的ではないか」という発想はおもしろい http://j.mp/fVyFYa


『まおゆう魔王勇者』1ですが、先ほど校了をいたしました……と、今しがた編集からメールが届いた。これで無事予告した発売日に店頭に並ぶ。今だから言えるが、1か月前の状態を考えると奇跡のようだw
1巻は何とかなったが、しかし、2巻の発売は来月末予定。いまだtoi8さんの挿絵は1点もUPしていない。当分、文化祭3日前状態が続きそう。修羅場って楽しいなw

 読者層のせいだろう、夜に強いな(笑)。じゃ、まあ、発売1週間前に5巻分のジャケット一気に公開! を、プロデューサー的に公約いたします RT @marmalade_macro: 「まおゆう」なんか一瞬10位にはいったっぽい。桝田さん、どうしましょう的な……。

アマゾンで「まおゆう1」を買った人の約3%が、6100円もする「仮面ライダーOOO (オーズ) DXメダジャリバー」を買っている不思議

傷だらけのビーナ 試し読み10
桝田 省治

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http://www.alfasystem.net/a_m/archives/287.html


[あとがき]


 その日思いついたアイデアをネット上の日記に、メモ代わりに書きとめています。以下は「女戦士の苦労話」と題された二〇〇九年一月十日の日記、本書の元になったメモです。
 ちなみに文中に出てくる「RPG」という単語は、プレイヤーが勇者や魔法使い等になって魔王を倒したり財宝を探したりすることを目的としたゲームの一ジャンルです。

『女戦士の苦労話』
 既存のRPGにおける戦闘に参加する女性キャラは、大別すると以下の二種類のどちらかだと思う。
1.女性だが、男性キャラとパラメータ的には何の遜色もない。ようするに容姿がかわいい、あるいはエロい女性というだけで、ユニットとしての性能には男女の差がない。あっても少しだけ。
2.魔法使い、僧侶など、主にサポート的な役割。
 でだ。今回提案したいのは、男女の体力的な差は歴然とある。とくに戦士と呼ばれる職種では、埋めがたい差がある。それでも、「戦士になりたい」あるいは「戦士にならざるを得ない」そんな事情がある、戦士志願の女性。
 そんな女性を主人公にすえたRPGは、どうだろう、という話だ。
 彼女の体力的、社会的、あるいは女性ならではの苦労、障害を、プレイヤーにリアルに体験させることが主眼だ。
 体力のなさを、ちょっとした魔法やアイテムでカバーしたり、ユニークな作戦を考えたり、あるいは彼女の生き方を理解する仲間に出会えたり……このあたりの戦術の組み立て方やイベントは今までのRPGとちがった味わいになると思う。
 もちろん恋愛要素もいるなあ。
 ま、システムは既存のもののバランスを見直して、ユニークなコマンドがふたつもあればなんとかなるだろう。
 あとはキャラクターだ。
 あきらめが悪い、腹が据わっている、立ち直りが早い、というあたり以外は、平凡な女性が合うように思う。
 問題は、なぜ彼女が、戦士になろうとしているか。その動機だ。
 これがバッチリ決まれば、いけるね。ある意味、鉄板だ。

 さて、日記に書いたこのアイデアのメモですが、いろいろと僕の思惑を裏切りました。
 まず、女性の苦労を仮想体験させることが狙いなのですから、当然、男性のプレイヤーがメインターゲット……のはずが意外にも女性のウケがよく、テレビゲームの企画として書いたつもりが、反応したのは、なぜか書籍の編集者。まッ、僕の場合よくあることですけど(笑)。
 さて、ここからが大変。なにしろ、本企画は、ゲームシステムやゲームバランスから発想したので、物語どころか、状況も主人公すらも具体的な設定がありませんでした。
 そこで、主人公を求めての迷走がスタートします。たとえば、「天上界を追われて翼をもがれ、地上で魔物と戦う女天使」とか「病気の弟のために人魚の血を探しに行く健気な姉」とか……。
 結局、「セクハラオヤジと組んで千人の敵を相手に篭城戦に挑む少女」という、日記に書いた原案のイメージに近い現在の主人公、ビーナを見つけるのに二ヶ月もかかりました。
 この時点で、コンセプトも「男性優位の職場で働いてる女性の皆さん、いろいろ大変でしょうけど、気晴らしにこれを読んでスカッとしてね!!」くらいの感じに決めました。
 三月の半ばから書きはじめて、この後書きを書いているのが八月一日。正直、長かった……。
 最初から読み直してみて思うのは、長かったけれど、当初のコンセプトは最後までゼンゼンぶれてないなという点。そこだけ自信があります。
 本書がひとりでも多くの頑張ってる女性たちを元気づけることを切に願っています。

 構想では、一冊目の本書がビーナ十七歳「新入社員は大変だ。右も左もわからないけど、とにかく頑張るしかないよ」編、二冊目が二十五歳「だんだん仕事を覚えてきたけど、やっぱり大変だ。結婚願望もないわけじゃないし」編、三冊目が三十三歳「管理職は大変だ。おまけに子育てはもっと大変だ。トホホ」編を予定しています。
 まッ、先述の通り、僕の思惑はたいてい外れるので、どうなるかわかりませんけど。あまり期待しないでお待ちください。

 最後になりましたが、四ヵ月半の執筆に付き合ってくれた顔も知らないネット上の友人たち、
大村梨紗さん、教育委員会さん、くろすけさん、七さん、貫田将文さん、まなせさん、まみさんに深く感謝。
 あと、僕にとって一番身近な働く女性であり、三人の子供の母でもある僕の妻にも、
「いつもありがとう」


 二〇〇九年 八月一日 桝田省治


(明日17日、発売です)
http://p.tl/Urbv

傷だらけのビーナ 試し読み9
桝田 省治

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http://www.alfasystem.net/a_m/archives/286.html


二章 旅路


[馬車の荷台]


 巨大な大陸の最南端に位置する、虎の牙のように曲がった小さな半島。その半島の中央をチグル山脈が、葉脈のように南北に分断している。
 ビーナの母国であるナンミア国は、チグル山脈の西側にある小国だ。
 ナンミアは“国”と呼ばれているものの、国の隅々までゆっくり歩いてもせいぜい一週間。大陸の東西にある二大国、チャナ国やラーブ国の“県”ひとつにも満たない広さだ。
 だが、その豊かさは大国に勝るとも劣らない。莫大な富を産みだす理由は、その立地にある。
 大陸の東と西、さらには南海に浮かぶあまたの島国、ナンミア国はちょうどその真ん中にあり、とりわけ半島の南にある王都マリーシャは、貿易の中継地点として理想的な位置にあった。
 この天禄【ルビ:てんろく】に加えて、歴代のナンミア国王は外交手腕と商才に長けていた。王たちは、絶妙な匙加減で周辺の諸国に利益を分配し、特定の国が強国になることを巧みに回避した。これにより力の均衡を保ち、大国同士を互いに牽制させることで小国の独立を維持してきたのだ。
 ナンミア国内部は、産業や気候から東部と西部、二種類の地域に大別される。
 内陸である東部地域には、オロロチ河流域を中心に多くの農村と山村が点在している。
 主要産業は、農業、林業、鉱業。ただし、年に米が三回収穫でき、一年中果物が実る恵まれすぎた気候が、かえって近代化を遅らせている。小規模な灌漑工事で田畑にできる土地ですら、まったく手つかずの有り様だ。
 また、チグル山脈の国境付近には、今も狩猟を生活の糧とする少数民族の村もある。ビーナが生まれたチグル村もそのひとつだった。
 西部地域は、海に面している。南には王都マリーシャ、北には国内随一の工業都市ミットナットがあり、この二大都市を結ぶ街道沿いに、港をもつ宿場町が発展している。こちらは、商業と工業、昔ながらの漁業も盛んだ。
 出稼ぎや行商など一時滞在者を含めれば、ナンミア国の人口の七割がこの西部地域に偏在し、そのうちの半分以上が王都マリーシャに集中している。

 訓練兵として仮採用された翌日の昼過ぎ、ビーナは、おんぼろ馬車の荷台で揺られていた。
 現在、王都マリーシャから工業都市ミットナットへ向かう海岸線沿いの街道を北上中だ。
 街道の左手には、どこまでも広がる青い海があった。目の前の浜では、裸の子供たちが銛で魚を突いている。沖合いには強い風が吹いているようだ。白い帆を張った大小の船と白い波頭がいくつも見える。
 あれがミットナットだろうか、湾をぐるりと回ったはるか彼方に、大きな建造物の影とそこから立ちのぼる灰色の煙が薄っすらとたなびいている。
 右手に目を移せば、すぐそこまで森が迫っていた。赤、黄、薄紫、色とりどりの果物がたわわに実っていて、その木々の間をたくさんの小鳥が休みなく舞っている。
 ビーナが海を見たのは、今日が生まれて初めてだった。本来ならもっと感激してもよさそうなものなのだが、ビーナにそんな元気はない。理由はいろいろとある。
 まず、馬車のひどい揺れ。
 この街道が国の主要幹線であった頃には、それなりに整備されていたのだろう。だが、造船や航海技術の発達にともない物流の主役が海路に移ってからは、最低限の補修しか行われていない。道は凸凹だらけ、腰のあたりまで伸びた雑草におおわれて道が途切れている箇所も多い。
 そんな悪路をおんぼろ馬車が無謀な速度でひた走っているのだから、首がどうにかなりそうなほど激しく揺れる。
 続いて、元気がない理由のふたつ目は、身体をあぶられているような強烈な直射日光。
 ビーナは、夜明けにマリーシャを出発してから、かれこれ半日近く炎天下にいる。馬車の狭苦しい荷台は、前半分には幌がかけられていたが、ビーナが座っているのは、幌がない荷台の一番後ろだ。
 喉がカラカラに乾き、もう唾も汗も出ない。頭が熱く目まいがしている。それなら、幌がある荷台の前方にさっさと移ればよさそうなものだが、それはもっと気が重い。
 なぜなら、荷台の前方に、ビーナの気分がすぐれない最大の元凶があったからだ。
 ビーナは、心の中で毒づく。
 ――は~あ、なんで!? なんでよりによって、飲んだくれの変態ハゲオヤジなのよぉ?
 ロウザイは、幌がつくる涼しい日陰を独り占めして座りこみ、瓶に入った水をガブガブ飲んでいた。それでも何が気に入らないのか、こちらを不愉快そうににらみつけて舌打ちを繰りかえしている。
 悪夢のような光景。だが、これが現実だ。
 このハゲオヤジこそが、エルが推薦した“指導は厳しいが女性には優しい先生”であり、今回の任務中は、ビーナの教官であり上官。つまりエルが言った実地訓練とは、エルがロウザイに依頼した仕事の手伝いだった。
 仕事の内容は、あわただしく出陣の準備をするエルから聞けた範囲ではこういうことだ。
 国の最北にあるデボラッチ城という古い城砦に行き、三ヶ月前から調子が悪い“爆血”を新しい物と交換したのち、装置が正しく作動しているかどうかを確認。それで終わり。
 ちなみに、爆血というのは、昨日エルがロウザイに預けた、濃い紅色の液体が入ったガラスの小瓶のこと。説明されてもビーナに原理など理解できるわけもないが、小指の先ほどの瓶の中に精霊をひきつけるエサが濃縮されて入っていて、ようするに物凄い魔力を生みだすそうだ。これを仮に爆破に使えば、百目燈台【ルビ:ひゃくめとうだい】(王都マリーシャで最も高く頑丈といわれている建物)くらいは跡形もなく吹きとばすことができる……と注意を受けたからには、かなり危険な物なのだろう。
 とはいえ、装置のありかさえ知っていれば、交換作業自体は、古い爆血を取りだした穴に新しい瓶をはめこむだけ。“重要な任務”ではあっても、しごく簡単なものらしい。
 ただし、エルは重要な任務と強調していたが、本当に重要なのか、これも今思えばかなり疑わしい……。だいたい、調子が悪くなってから三ヶ月もほったらかされていたのだから、火急の案件であるはずがない。
 ――エルは、いったい何を考えてるんだろ? あ~ぁ、それにしても暑い!! 死ぬう!!
 見れば、ハゲオヤジは、また新しい瓶の栓を抜いて水を飲んでいる。
「プハ~!! 生きかえるねえ。そういやあ、おまえ、暑くねえの? 上くらい脱げばいいのに。遠慮はいらないぜ。なんだったら俺が脱がしてやろうか? それとも脱がしっこするか?」
 そう言うとロウザイは、両手でつかんだ襟元をパタパタと扇いで胸元に風を入れた。途端にむせかえりそうな酸っぱい体臭が荷台の後方に流れてくる。ビーナはそれでなくても息が苦しいのに、必死で息を止める。
「おかまいなく。ゼンゼン暑くないから」
「あ、そ。ふーん」
 ロウザイは、今度はビーナに聞こえるようにわざとゴクゴク喉を鳴らして水を飲む。
「プハ~!! ああ、うめえ。おまえも飲むか?」
 ロウザイが飲みかけの瓶をこれみよがしに振ると、半分ほど残った水がチャポチャポと澄んだ音をたてた。ビーナはその音につられて思わず手を伸ばした。だが、
「これで、おまえとは間接キスだな。たっぷりと俺の唾を入れといてやったぜ。ゲヘヘヘ」
 ロウザイの下品な笑い声に、ビーナは我にかえり、あわてて手を引っこめた。
「なんだよ、失礼な。“隊長”がせっかく“部下”に気ィ遣ってやってんのに、細かいことばかり気にしやがってよぉ。けッ、だから女ってのは面倒くせえってーの」
 ロウザイはそう吐き捨てると、頭の上で瓶を逆さに向け、残った水を気前よくハゲ頭にかける。
「水が欲しくなったらいつでも言えよ、『隊長殿、お願いします』ってな。そうすりゃ、おまえの顔でも胸でも、好きなところにたっぷりぶっかけてやるからよ。ダハハハ」
 ――いつかぶっ殺してやる!!
「ところで、おまえ……、なんでエルのヤツが、キルゴランと戦争が始まろうって、この大変なときに、つまらねえ用事をわざわざ俺に頼んだか、わかるか? おまけに足手まといの訓練兵まで押しつけてよ。あン?」
 ロウザイの物言いには、まったくもって腹が立つ。だが、このハゲオヤジ、見識だけは確かだ。それに今回の任務の奇妙さは、ビーナも気になっていた。だから、悔しいけど……、
「そんなのわかるわけ……わかりませんでごぜーます。隊長殿、お願いします。教えてください…………とっとと」
 ビーナの付け焼刃の敬語にニヤリとゆがんだロウザイの口が動きだす。このハゲオヤジ、ぶすっとしているようで本来はおしゃべりのようだ。
「目的地のデボラッチ城は、国の最北。地図を見りゃあ、北に接するヨサフネ国との国境を守る城砦として造られたことは一目瞭然だ。ただしだ、有体に言って、今のデボラッチ城は、時代の遺物。軍事的には無用の長物だ」
「というのもだな。ナンミアとヨサフネとは半世紀あまり前から、磐石な同盟関係にあるんだ。たとえば、王家同士の婚姻関係は、ほつれにほつれた糸のごとく複雑怪奇。チャンタ王子の母君、現国王のお妃は、前ヨサフネ国王の末娘だし、ヨサフネ国の次期国王の正室と側室は、チャンタ王子の腹違いの妹と従姉で……、これがふたりとも白ムチのいい女でよォ。ま、それはどうでもいいけど。とにかく、そんな調子で切っても切れねえ仲なのさ」
「深ーい関係は、外交の慣習を見てもよーくわかるぜ。ナンミアが諸外国と条約を締結するときは、ヨサフネ国王を立会人として招く。でな、連名でサインをするわけだ。逆の場合ももちろん同じだ。これは『隠しごとが一切ないほど両国の団結は強い。条約を反故にすれば、ふたつの国を同時に敵に回す』と相手に印象づける示威行為、ようは脅し以外のなんでもねえ」
「それに下々の交流も盛んだね。『ヨサ女にゃ、ナンミ男♪ そ~れそれそれ、ギッタンバッコン♪』って歌われるくらい、下と下の交流もお盛んだ。まッ、それはともかく……ミットナットの労働者の四人にひとりは、ヨサフネからの出稼ぎだし、今回のキルゴランとの戦のために臨時で雇われた兵のうち少なくとも二千人はヨサフネ出身だ。もっと近いところじゃ、何を隠そう、俺もエルもヨサフネからの移民だ。ま、こっちは大昔の話だけどな」
 地理と歴史から始まったロウザイの話は、終始、脱線気味で要領をえなかったものの、ビーナが知らないことばかりだったから、さほど退屈ではなかった。だが、この話と今回の任務がどう関係があるのか、肝心のことがさっぱりわからない。気が短いビーナは、だんだん焦れてくる。
「隊長殿……話が見えないんだけど、ようするに?」
「ようするに、ヨサフネから攻められることは万にひとつもない。国の東でキルゴランとの戦争が始まったら、戦場から遠いデボラッチ城は、国中で一番安全な場所ですらあるわけだ」
「……だから?」
「わかんねえか? おまえ、察しが悪いな。バカじゃねえの……。だからよ、今デボラッチ城にわざわざ行く意味なんて、これっぽっちもないってことよ」
「じゃあ、なんでエルは?」
「さてお立会い。ここからが本題だぜ!! いいか、耳の穴かっぽじってよーく聞け!!」
 また長話を始めそうなロウザイの勢いに、ビーナはうんざりした。それじゃなくても暑苦しいのに、このまま聞いていたら耳の穴をかっぽじる前に脳みそが融けて耳から出てきそうだ……。
「賢明なる隊長殿、提案がごぜーます。察しが悪いバカな部下のために、最初に結論をお願いします」
「えッ? あ、ああ。結論から先に言うとだな、えーっと……」
 そこで、ロウザイは話を切り、なぜか水の入った瓶をビーナの足元に転がして寄こした。自分も新しい瓶の栓を抜き、喉をうるおしている。
 どうやらまだ長話をするつもりらしい……。そう覚悟して、ビーナも水を飲み一息つきながら、ロウザイが話の続きをはじめるのを待った。
「結論から言うとだ。とどのつまり、早い話が、厄介払いだ」
「厄介払いって何? じゃなくて、隊長殿、厄介払いってどういう意味でごぜーますか? 察しが悪いバカな部下のために、わかりやすく……、できれば手短に」
「あいつはこれから戦争で忙しくなる。そんなときに、あれこれ意見するヤツが近くにいると……」
「ああ!! 邪魔だ!! 目障りなんだ!! ウダウダ文句ばっか垂れて、そのくせゼンゼン働かなくて、すごーくうっとうしいもんね。それで、戦場から一番遠い場所にね。ああ、なるほどね、納得」
 しきりにひとりでうなずきゲラゲラ笑うビーナに、ロウザイが舌打ちで返す。
「けッ、のん気なもんだぜ。厄介払いされたのが俺だけだと思ってるのか? やる気だけが空回りしてる半人前のヤツに目の前をウロチョロされるのも目障りだろうがよ!!」
「ウソ!? それって、あたしのこと?」
「けッ、他に誰がいるんだよ? あン?」
「あぁ、そっか……。それで、ふたりまとめて厄介払いね……」
「ま、そういうこった」
 言われてみれば、そのとおりだとビーナは思った。口ばかりのハゲオヤジと一緒にされたのは、不本意だ。だけど、今の自分が戦場に出ても、あたふたするだけで足手まといになるのは目に見えている。それこそ、エルが言ったとおり、味方の部隊まで窮地に落としかねない。
 だったら……、
 ――一日でも早く、エルが認めてくれる一人前の戦士になるしかない!!
 とはいっても、今のあたしに何ができるだろう? エルを喜ばせるためには何をすればいいんだろう? 今できること……。
 ビーナは、そこまで考えて決心した。ロウザイの顔色をうかがいながら、おそるおそる口を開く。
「ねえ、隊長殿……、あたしに兵士の心得とかそういうこと教えてよ」
「はあああ!? おまえ、俺の話、聞いてなかったのか? けッ、実地訓練の話なんて、厄介払いの方便に決まってるだろうがよ」
「そうかなあ? エルは、ああ見えて隊長殿に一目置いてるよ。だから、あたしの先生を頼んだんだと思うけど?」
「俺に? あの女が? 一目置いてるってか? いや、まあ……そうか。そうだな。おう、そりゃあそうだろうとも!! けどよ……、おめえ、本気なのか?」
「うん!!」
 身を乗りだしたビーナの全身を、ロウザイが値踏みするようにまんじりと見つめた。そしてペロリと上唇を舐める。
「いいだろう。ただし、条件がある。はっきり言って、女の兵士なんて俺は虫唾が走る。だから、今後はおまえを女として扱わない。それでかまわないなら引き受けてやってもいい」
「望むところだよ」
「そうか。じゃあ、まず兵士の心得その一『上官の命令は絶対』。どんな理不尽な命令でも口答えは一切なしだ。俺がカラスは白だと言えば、白だ。いいな?」
「なによ、それ? カラスは黒に決まって……」
 ビーナの言葉がそこで唐突に途切れた。急に目の前が真っ白になったからだ。頬が焼けるように熱い。鼻からはダラダラと血が流れだしている。
 ロウザイが拳を握って目の前に立っていた。思いきり殴られた……らしい。
「口答えは一切なしだと言ったよなあ? それに女として扱わないとも俺は言った」
「ひどい!! だからっていきなり殴るなんて……」
 また言葉が途切れた。今度は、腹を蹴られてさっき飲んだ水が口からあふれでていた。お腹を抱えて荷台の床にうずくまったビーナを、ニヤニヤ笑いながらロウザイが見下ろしている。
「おいおい、『上官には敬語を使え』って、今言っただろ?」
「そんなこと、聞いてない……」
「もう一度だけ言うぞ。上官の命令は絶対だ。兵士なら口答えするな。戦場じゃ、命令の実行が一瞬遅れただけで死ぬ、おまえも仲間もだ。これは理屈じゃねえんだ、身体で覚えやがれ!!」
 そう言うと、ロウザイは横たわったビーナの頭に足を乗せてグイグイ踏みつける。
「わかったら返事をしろ!! 『了解です、隊長殿』だ」
「了解です……!! 隊長殿……!!」
 ビーナは、涙と鼻血で顔をグシャグシャにしながらそう叫んだ。

(明日は[後書き]を掲載します)
http://www.alfasystem.net/a_m/archives/288.html


ご予約はこちらから http://p.tl/Urbv

傷だらけのビーナ 試し読み8
桝田 省治

http://www.alfasystem.net/a_m/archives/285.html


[エルの決断]


「しまっ……」
 半ば口から出かけた「しまった」の“た”を、エルは、かろうじて呑みこんだ。
 布陣を見られた可能性がある。いつもなら、作戦会議が終わると即座に地図を窓辺ではたいてコマに使った残飯をオロロチ河に捨てる。記録は一切残さない。だいたい作戦会議でもなければ、窓などめったに開けやしないのだ。
 ところが今日に限って、残飯を捨てるのを忘れ、地図の上に置いたままにしていた。私としたことが、おそらくビーナとの再会に浮かれていたのだろう。
 そこに敵の密偵を連れてきて、わざわざこちらの手の内を見せてやったのも、この私だ。
 ――くそッ、なんという失態!!
 窓の外には、コウモリの翼を生やした人間の生首がオロロチ河の上を悠々と飛んでいる。その奇怪な姿がどんどん遠ざかっていく。
 さらに、開戦に巻きこまれるのを恐れた外国船が出港準備を急いでいるのだろう、風をはらんだ大きな帆が次々に揚がっていく。あの帆の裏に回りこまれたら見失う。追跡はもう不可能だ。
「しまっ……始末しろ、ヤトマ!! 逃がすな!! アレを落とせ!!」
「そうしたいのは山々なんスけど……、すみません。抜けないんスよ」
 見れば、ヤトマはしゃがみこみ、床に刺さったブーメランを懸命に抜こうとしていた。だが、よほど深く刺さっているのか、三日月形の刃が抜けないようだ。
 ――くそッ、せめて四人の班長がひとりでも残っていれば、なんとかなったものを。
 いや、ロウザイ殿は、あの四人が出ていくのを待ってから警告したにちがいない。あの人は、私にしくじらせたいのだ。なにしろ、男の仕事場たる戦場に女がいるのがお気に召さないらしいから。とうぜん手助けしてくれる気などハナからないだろう。にやつきながら傍観しているだけだ。
 だが、布陣の情報もれの件は、確かに痛手だが、実際にはさしたる問題ではない。
 時間はまだある、白紙に戻せばいい。減俸処分を覚悟し、チャンタ王子に掛けあえば、今なら本隊自身の陣取りを変えることだってできる。あまり趣味ではないし戦線の維持費がかさむが、王子の元もとの作戦どおり、にらみ合いの持久戦という選択肢だってないではない……。
 ――問題は、ビーナだ。
 あの傷あとを見せられたとき、ヤトマの真意に気づいた。今のビーナは、極めて危険だ。ヤトマもそれを承知で、ビーナをここに連れてきたにちがいない。
 なにが「懐かしい客」だ……。ようするにヤトマのヤツは、私がどう腹をくくるかを試したのだ。上官の器を量るとは、まったくもって食えない男だ。
 いずれにせよ、ビーナが生きていることをランバに知られるのは、まずい……。
 今のビーナでは仇を討つどころか、自分の身すら守れない。魔物を召喚する媒介にでも使われたらとんでもないことになる。“爆血”どころの騒ぎではない。
 ――くそッ、くそッ、くそッ、何か手はないのか!?
 唇を噛んだエルの耳にキリキリという音が聞こえた。振り向けば、ビーナが弓に矢をつがえ、弦を引きしぼっていた。
 ビーナの弓は、携帯に向く狩猟用の小ぶりの弓だ。弓兵が用いる大弓より射程が短い。飛ばすだけなら三十尋【ルビ:ひろ】(約四十五メートル)は届くだろうが、的を狙うとなればせいぜい二十尋(約三十メートル)が限界だろう。
 だが、逃走中の“コウモリ首”との距離は、すでに三十尋を超えている。おまけに船の帆が丸くふくらむほどの強い横風が吹いている。
 それでもビーナはあきらめていない。普通は顎のあたりまでしか引けないはずの弦を、耳の近くまで引いている。その心意気は買うがムチャクチャだ……。
「ムダだ。当たるわけが――」
「兄ちゃんの仇を討つ。ぶっ殺す!!」
 言うが早いか、ビーナはエルの制止を聞かずに矢を放った。
 命中するどころか届くはずがない。そう思いながら、矢の行方をボンヤリと追っていたエルの目が次の瞬間、カッと見開き、その口は思わず「惜しい!!」と叫んでいた。
 ビーナの矢は、当たらなかったもののコウモリ首の翼をかすめた。そればかりか、その後方をゆく船の厚い帆を貫き、穴を開けたのだ。
「ビーナ、集中しろ、風を読め!! どんどん射て!! 必ず落とせ!!」
「うるさい!! 黙ってて!!」
 ――なんと? ひとまわりも若い娘に怒鳴られちゃったよ。
 エルは、丸くした目を細めながら、噴きだしそうになるのをじっとこらえた。
 ビーナは、次々に矢を放った。弓が小さいせいもあるが、矢をつがえる動作が驚くほど速い。さらによく見れば、二本の矢を同時に射たり、手前の船の帆柱をさけて曲軌道【ルビ:きょくきどう】で射つ芸当まで、同じ動きで難なくやっている。狙いも非常に正確だ。
 だが、当たらなかった……。
 コウモリ首は、予想しなかった一発目の矢には反応できなかったものの、それ以降の矢は、四本の黄色い触手を振りまわすように操り、次々にはたき落としている。
 それでも、ビーナはあきらめずに射ちつづけていた。だが、そろそろ矢が尽きるはず。
 ――さて、どうする、ビーナ?
 コウモリ首から目を移すと、ビーナはいつの間にか奇怪な精霊の面を顔につけていた。
「おまえ、何をやってるの!?」
 と問うも当然のごとく返事はなかった。ビーナの耳には、エルの声は聞こえていない様子だ。いや、人の言葉などもはや通じないかもしれない。今、目の前にいるのは、人間ではなくまさしく一匹の精霊だった。
 ――まッ、好きにすればいい。しかし、おまえ、本当に面白いヤツだね。
 矢筒はもう空っぽ。残すは、すでに弓につがえている一本のみ。ビーナもそれが最後だとわかっているのだろう、なかなか射とうとしない。息をつめ、彼方に浮かぶ一点に意識を集中している。
 張りつめた肩や腕の筋肉から、熱い闘気がユラユラと立ちのぼるのが見えるかのようだ。
 当たってほしいな。
 エルは心の底からそう願った。
 同時に、おそらく最後の矢も当たらないだろうとも思った。それでもかまわない。
 ――ビーナは、戦える。
 技術はまだまだ荒削りだし、血の気の多さもどうにかしないと使い物にならない。
 それでも、ビーナはいずれ戦士に成長する。それも優秀な戦士にだ。
 それが確信できただけで、今日のところは十分だ。
 ――いいだろう。こうなったら私もおまえに付き合ってやるわよ。
 あぁ、でも……、外国船を沈めた場合、どれくらい始末書を書かなきゃならないんだろ……。
 エルは、脳裏に浮かんだ書類の束にげんなりしながら、床に転がっていた血まみれのナイフを拾いあげた。窓際に立つと、オロロチ河の上に両の腕を真っすぐに突きだす。
 ――水の精霊【ルビ:セーマン】と河の精霊【ルビ:カラッパ】、どちらを召喚しようか。いっそ景気よく二体とも呼んで、ビーナを驚かせてやるのも一興かな。
 ……くだらない。私はいったい何を考えているのだ。
 エルは、緩んだ口元を引きしめると、右手に持ったナイフの刃先を左手の手首に当てた。
 顔を上げると、矢の雨がやんだ隙にコウモリ首が帆の裏にまわりこもうとしている。
「ビーナ、迷うな!! 射てッ!!」
 結果を恐れる必要はない。部下の尻ぬぐいをするのが上官の務めというものだ。
 再び、エルの口元がかすかに緩んだとき、ビーナの弓から最後の矢が放たれた。
「ほぉ」
 エルの口から、思わず感嘆の息がもれていた。
 今までで一番力強い。風を切りさいて一直線に飛んでゆく。
 だが、エルを驚かせたのは、矢自体ではなかった。矢の周囲の空気が陽炎のように揺れている。
 エル以外の誰にも見えないだろう、案外ビーナ本人にも見えていないのかもしれない。
 ――あれは精霊だ。
 まるでウサギを追う猟犬のように、無数の精霊がビーナが放った矢を我先に追っていた。
 はたしてあの精霊たちは、敵なのか味方なのか?
 矢が外れれば敵、コウモリ首に命中したなら味方……ということだろう。
 エルは、手首にナイフの刃を当てたまま、その答が出る瞬間を見逃すまいと中空を凝視した。
 だが、結局、答は出なかった。
 ビーナの矢が達する一瞬前に、コウモリの翼がついた頭が木っ端微塵に四散したからだ。
 それをやってのけたのは、黒々とした鉄の矢、二本。
 そう気づいたとき、下から大騒ぎする声が聞こえた。声は二種類だ。
 ひとつは、得体の知れない肉片がいきなり頭上から降ってきた外国船の乗員たちの悲鳴。
 そしてもうひとつは、岸壁に立つ大男四人があげる野太い歓声だ。
 おそらくすぐに騒ぎに気づき、武器庫から運んだのだろう、巨大な鉄の弩【ルビ:いしゆみ】がふたつ並んでいる。凄まじい威力だが、矢を一本つがえるのにさえ苦労する扱いが難しい武器だ。それをふたり一組で支えたまま、こちらを見上げて全員が無邪気に手を振っている。
「エル隊長ぉ!! 給料の査定、よろしくお願いしますよ!!」
「ああ!! おまえたちのさっきの無様な負けは帳消しにしてやる!! それと……、よくやった!!」
 エルは、ナイフを持った右手を引っこめ、左手で眼下に向かって手を振りかえした。

 どうにか床に刺さっていた鎌を回収できたようだ。ヤトマがやって来て、なにげなく隣に立った。エルと一緒に窓の下をのぞきこみ、手際よく解体される弩を眺めながら声をひそめる。
「どうにか大事にならずにすみましたね。ところで、もうひとつの厄介事の件なんスけどね」
「皆まで言うな。わかっている。あぁ、それと、先に言っておくけど、おまえ、今回は留守番だよ」
「え~ッ? なんでっスか?」
「掃除がまだすんでいない」
「いや、でも……」
「冗談だ。確たる根拠はないが、こたびの戦、何かにおう。キルゴランが大軍を繰りだした意味が読めん。だから、不測の事態が起きたときの用心に、自分の判断で動ける者を残しておきたい」
「なるほど。了解っス。ほんじゃ、張りきって床もピカピカに磨いておきますよ」
「万事任せる」
 エルはそう応えて、ビーナを振り向いた。
 自分で取ったのか自然に外れたのか、精霊の面が床に転がっていた。ビーナは、愛嬌のある素顔に戻っていた。先ほどまでの勢いはどこへやら、粗相【ルビ:そそう】を見とがめられた子犬のようにうつむいたまま、上目づかいでこちらの様子をうかがっている。
「首も落とせなかったし、あたしの矢、一本も当たらなかったし……。なんの役にも立てなくて、足を引っぱってばかりで……ごめんなさい」
「ああ、まったくだ。ひどいもんだよ。もしもここが戦場なら、おまえのせいで私の部隊は全滅していたろうね」
 エルは、わざと素っ気なく告げた。ビーナを少々からかってやろうと思ったからだ。だが、ビーナの表情は、なぜかさっきよりも明るい。その視線の先を見れば、ヤトマがあらぬ方向に顔を向けながら頭をかいていた。いかにもわざとらしいその仕草が気にはなったが、エルは先を続ける。
「まあ、気にするな。最初は誰でもあんなもんだよ。それに、おまえが矢を射つづけて魔物を足止めしたおかげで、弩が間に合った。それは事実だしね」
「じゃあ、あたしをここに置いてもらえるの?」
「ああ」
 エルは、ビーナに歩み寄りながら、床に転がっていた魔物の面を拾いあげて一瞥する。
「ただし、当分は訓練兵だ。それでいいな?」
「うん!! 雇ってもらえるならなんだっていい。でも、訓練兵って何をすればいいの?」
 不安げに訊ねたビーナに、エルは面を渡す。
「おまえはまだ半人前だ。これからたくさんのことを学ばねばならない。だが、案ずるな。幸い、私はいい先生を知っている。その先生におまえの実地訓練をお願いしてやろう」
「先生? ヤトマのこと?」
「いや、もっと経験豊富だ。指導は厳しいがそのほうが身につくのも早い。実は、私もその先生から、ついさっき手厳しい助言をたまわったばかりだ。ま、そう心配はいらん。なにしろ女性には、ことのほか優しい方だからね」
 エルはニッコリと笑うと、壁際の長椅子に目を向ける。ロウザイは、落ち着きなく貧乏揺すりを続けながら、苦虫を噛みつぶしたような面持ちでこちらをにらんだ。
「さて、ロウザイ殿。折り入ってふたつほど頼みごとがあるのですがね」
「けッ、おまえの頼みなんぞ、聞く耳もたねえよ」
「では、その頼みごとが割のいい儲け話だとしたら、どうでしょう?」
「けッ、はした金で買収か。俺も安く見られたもんだ。誰がそんな手に乗るかよ」
 エルは、ロウザイの悪態を聞き流すと、壁際に並んだ黒い祭壇のひとつの前に立った。両開きの大きな扉を開けて、中から二本の小瓶を取りだした。濃い紅色の液体が入った小指ほどの大きさのガラスの瓶だ。
「これが何かはご存知ですよね?」
「おい……、それ、まさか“爆血”か!? ず、ずいぶん量が多いな……」
「エル特製の“百爆血【ルビ:ヒャクバッケツ】”とでも呼んでください。念のため二本用意しましたが、一本は予備です。一本で足りた場合、たいへん物騒な代物ですから、処分はロウザイ殿にお任せしようと思います。あぁ、そうそう……、言い忘れてました。これ一本がユバルの死神横丁じゃ、五千万ギルの値がつくとか」
「ご、ご、五千万ギルだとお!?」
「傭兵の小隊なら、半年分の給料になりますかね」
 ロウザイは新しいタバコを口にくわえたものの、なかなか火がつかないようだ。見れば、貧乏揺すりのほうはいつの間にかピタリと止まっていたが、今度は指先が震えている。
「そういうことか……、ま、そういうことなら、今回だけは特別におまえの顔を立てて引き受けてやるかな。それで、頼みごとってなんだ?」

(明日は二章旅路1[馬車の荷台])
http://www.alfasystem.net/a_m/archives/287.html

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